幻想音楽夜話
Sad Wings Of Destiny / Judas Priest
1.Victim Of Changes
2.The Ripper
3.Dreamer Deceiver
4.Deciever
5.Prelude
6.Tyrant
7.Genocide
8.Epitaph
9.Island Of Domination

K.K.Downing : guitars.
Glenn Tipton : guitars and piano.
Robert Halford : vocals.
Ian Hill : bass guitar.
Alan Moore : drums

Produced by Jeffrey Calvert, Max West and Judas Priest.
1975 Gull Records.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 ジューダス・プリーストというバンドの存在を、いつ、どのように知ったのか、実はまったく憶えていない。すでにサード・アルバムが発表された後のことだったような気がする。サード・アルバムが発表されたのは1977年だから、ジューダス・プリーストの音楽を初めて聴いたのはおそらく1977年から1978年にかけての頃のことだったのではないだろうか。

 バンドが結成されたのは1969年のことだそうだから、それほど「新しい」バンドではなかったはずだ。ヴォーカルのロブ・ハルフォードやギタリストのグレン・ティプトンがバンドに加入するのが1974年頃のことで、デビュー・アルバム「Rocka Rola」が同年に発表されている。そうしたことから考えれば、「ブリテュッシュ・ハード・ロック」全盛期にシーンに登場してきたはずだった。しかし、その頃の記憶を手繰っても、どうにもジューダス・プリーストがシーンに登場してきた時のことを思い出せない。

 けっきょくジューダス・プリーストの名を知るのは、彼らがCBSと契約し、サード・アルバムの「Sin After Sin(背信の門)」を発表してからのことになった。日本のロック・ファンのほとんどが似たようなものだったのではないだろうか。けっきょく彼らの知名度は、契約会社のマネージメントの力に依存するところも大きかったのだろう。ジューダス・プリーストは彼らが最初に契約した「GULL」から二枚のアルバムを発表しているが、やはり会社の力不足か、彼らがロック・シーンの前面に登場することはなかった。「GULL」からリリースされた彼らの二枚のアルバムが、はたして日本でも同時期に発売されたのかどうかさえ、記憶にない。もしかすると、後にジューダス・プリーストが徐々に知名度を高めていってから「GULL」の二枚のアルバムもようやく日本でも発売されることになった、という経緯であったかもしれない。

 彼らのデビュー直後の不遇を契約先の会社のせいにばかりするのも、正しいことではないだろう。「ブリティッシュ・ロック」全盛期の1974年前後、後に「傑作」とされる作品群が多く生み出されていた時代の直中にあって、ジューダス・プリーストのデビュー・アルバム「Rocka Rola」は、お世辞にも衆目を集め得るほどの魅力を持った作品とは言えなかった。だから、セカンド・アルバムの「Sad Wings Of Destiny(運命の翼)」が、前作とは比較にならないほど魅力的な作品であったにもかかわらず、ロック・ファンの目が注がれることも少なかったのではないか。ひとつにはそうした理由もあっただろう。

 そんなふうだったから、このセカンド・アルバム「Sad Wings Of Destiny(運命の翼)」は、いわゆる「後追い」で聴くことになった。デビュー・アルバム「Rocka Rola」が決して優れた作品とは言えず、バンド自身も気に入っていないらしいことを考えれば、このセカンド・アルバムこそが、おそらくジューダス・プリーストの実質的な原点であり、出発点であるだろう。この作品が、例えば彼らのデビュー・アルバムとしてCBSから発売されていたなら、彼らのデビューは衰退の翳りを見せ始めた「ブリティッシュ・ハード・ロック」の中に光り輝いていたことだろう。このアルバムを聴くと、そんな埒もないことを思ってみたりもする。

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 このアルバムに収録されたジューダス・プリーストの音楽は「ブリティッシュ・ハード・ロック」以外の何物でもない。ジェフ・ベックのグループやレッド・ツェッペリンによって確立し、ブラック・サバスやユーライア・ヒープ、そしてさらに多くのバンドによってさまざまな方法論が試されて隆盛を見た「ブリティッシュ・ハード・ロック」を、ジューダス・プリーストが正統的に引き継いでいたのは間違いない。

 しかし、そうした彼らの音楽性は、1970年代前半の「ブリティッシュ・ハード・ロック」に君臨したレッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどとは少々異なったものだった。鋭く硬い音像、重厚で深遠な音楽世界、緩急を織り交ぜた劇的な展開を見せる楽曲、攻撃的な演奏の中にも叙情的な静けさを含み、どこか幻想的な色彩さえ帯びていた曲想といったものは、「ブルース・ロック」から発展した「ハード・ロック」を超えて、「プログレッシヴ・ロック」のイディオムさえ含んでいたものだったようにも思える。そうした傾向は初期のクイーンにも通じるところを感じさせるが、ジューダス・プリーストの音楽はさらに暗く重く、背徳的なイメージを伴っていたところが、クイーンとは決定的に異なっていた。彼らの音楽のそうしたイメージは、敢えて言えばブラック・サバスとも共通するものだっただろう。ジューダス・プリーストもブラック・サバスと同じバーミンガムの出身であるらしいが、そうした音楽性を育む「土地柄」のようなものがあるのだろうか。その両者が、後に「メタル」のシーンでカリスマ的な人気を得るバンドになってゆくのも、あるいは偶然ではないのかもしれない。

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 この「Sad Wings Of Destiny(運命の翼)」を聴いたのは「Sin After Sin(背信の門)」を聴いた後のことだったから、ジューダス・プリーストの音楽に初めて触れて感じた衝撃というものは無かったが、それでも「Sin After Sin」以前にこれほどの作品を発表していたのか、という驚きはあった。

 冒頭の「Victim Of Changes」、フェード・インによる楽曲のオープニングがいい。霧の中から姿を現すかのような、地の底から這い上がってくるかのような印象を携えて、ハードなギターのリフが響き渡る。8分近くにもなる長い楽曲だが、凝った構成で飽きさせない。中間部で見せる静寂も幻想的な雰囲気を湛えていて魅力的だ。この一曲に彼らの音楽世界のすべてが象徴されているようでもあり、聴き手を彼らの世界に引きずり込むための導入部としても機能しているだろう。ドラマティックな楽曲だ。

 「The Ripper」は初期ジューダス・プリーストの名曲であり、よく知られた楽曲でもある。イントロ部で響き渡るハードでどこかヒステリックなギター・サウンドが印象的だ。ロブのヴォーカルも冴える。3分足らずの短い楽曲だが、劇的な展開を見せる。凝縮された魅力を感じさせて、まさに初期ジューダス・プリーストの代表曲のひとつだと言えるだろう。

 「Dreamer Deceiver」は、激しい「The Ripper」から一転、静寂を湛えた幻想的な楽曲だ。哀感の漂う曲想で、この時期のジューダス・プリーストの魅力の別の側面を堪能できる楽曲だと言えるだろう。6分近くになる楽曲で、終盤では劇的な展開を見せる。ファンの人気も高い、名曲である。

 「Deciever」は3分足らずのハードな楽曲だが、前の「Dreamer Deceiver」のエンディング部を引き継ぐイメージでとらえることもできる。演奏はハードなロックン・ロール風に展開するが、エンディングで唐突に静かなギター・サウンドへ移行してフェード・アウトで終わる構成もいい。

 「Prelude」は2分ほどの短いインストゥルメンタル曲で、LP時代にはB面の冒頭に収録されていたものだ。その名の通り、LPレコードB面に収録されていた音楽世界への「prelude」となる楽曲だろう。

 「Tyrant」は疾走感の痛快なハード・ロックだ。個人的にはこのアルバムの中で最も好きな楽曲でもある。アグレッシヴに過ぎず、どこか知的に抑制された感じのする演奏が、何とも痛快だ。疾走感の中にどこか「つんのめる」ような感覚があるのも、個人的にはこの楽曲が好きな理由のひとつだ。

 「Genocide」も初期ジューダス・プリーストの名曲のひとつに数えても差し支えあるまい。6分ほどの楽曲だが、これも凝った構成で聴き応えがある。フェード・アウトで終わるエンディング部のギター・ソロもいい。

 「Epitaph」は3分ほどの小品で、ピアノの演奏とコーラスがクラシカルな印象を与える楽曲だ。当時の「ブリティッシュ・ハード・ロック」のバンドの多くは、ハードな演奏を収録したアルバムの中にこうしたアコースティックな小品を含めるのを定石的な手法として用いていたものだが、ジューダス・プリーストもその例にもれない。こうした小品を置くことによって、音楽世界はさらに広がり、深みを増すように思える。

 アルバム「Sad Wings Of Destiny」は彼らの真骨頂とも言えるハード・ロックで幕を下ろす。「Island Of Domination」は4分ほどの楽曲だが、中盤でブルース・ロック風に曲調が変わるのも面白い。「こだま」が消えてゆくように、リフレインする歌声がフェード・アウトしてゆくエンディングも印象的だ。

 この「Sad Wings Of Destiny」の収録曲のいくつかは、後々までジューダス・プリーストのライヴで演奏されたという。ジューダス・プリーストのメンバー自身も気に入っていたアルバム作品であるのかもしれない。ファンの間でも人気は高く、ジューダス・プリーストの初期の「名作」として語られることも少なくない。特に「Victim Of Changes」、「The Ripper」、「Dreamer Deceiver」といった楽曲は人気があり、名実ともに初期ジューダス・プリーストの代表曲と言っていいだろう。

 収録されたそれぞれの楽曲も魅力的で、ドラマティックなアルバム構成もいい。そして何より、K.K.ダウニングとグレン・ティプトンというふたりのギタリストの演奏の魅力、ロブ・ハルフォードのヴォーカルの魅力が素晴らしい。敢えて惜しい点を挙げるとすれば、ドラムが弱いことか。デビュー時からジューダス・プリーストはドラム奏者に恵まれず、ファースト・アルバムとはドラム奏者が代わっているが、それでも他のメンバーとの力量の差が感じられる。作品全体から発散する「パワー」という点で、少々物足りなさを感じるのはやはりそのせいだろうか。バンド自身にもそれはわかっていたのか、続くサード・アルバムにはドラム奏者にサイモン・フィリップスを迎えている。

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 後にジューダス・プリーストが「メタル」のシーンで名を馳せてから、彼らを知ったファンにとっては、この作品の音楽性は「メタル」とは違って感じられ、少々戸惑いを感じさせるものであるかもしれない。このアルバムが発表された1970年代なかば、「ヘヴィ・メタル」はまだ「ジャンル」として確立してはいなかった。ハード・ロックの音楽性を形容する目的で「ヘヴィ・メタル」という言葉や「ヘヴィ・メタリックな」といった言い回しが用いられることはあったが、従来の「ハード・ロック」とは異質な音楽性を携えて「ヘヴィ・メタル」が「ジャンル」として定着するのは数年後のことだ。

 「ハード・ロック」のみならず「プログレッシヴ・ロック」も含めた「ブリティッシュ・ロック」の総体が衰退しつつあった1970年代なかば、「ブリティッシュ・ハード・ロック」を愛するファンにとっては辛い時代だった。「ブリティッシュ・ハード・ロック」の栄光を引き継ぎ、さらに発展させてゆく新しい才能の登場を、誰もが待ち望み、なかなか叶えられなかった。セカンド・アルバムによって「ブリティッシュ・ロック」のファンを狂喜させたクイーンも、「オペラ座の夜」ではすでに「ハード・ロック」とは異なる方向へ向かおうとしているのは明らかだった。台頭してきたのは、新しい世代のアメリカのバンドや、パンクのバンドたちだった。

 そのような中にあって、ジューダス・プリーストの存在は一条の光のようであったかもしれない。初期ジューダス・プリーストが携えていた音楽性は、当時の「ブリティッシュ・ハード・ロック」のファンが望むもの、そのものだった。鋭く硬質でありながら繊細さも感じさせるギター・サウンド、陰影に富み、重厚な中にも哀感を漂わせる曲想、ドラマティックでコンセプチュアルなアルバム構成など、それらの要素は「ハード・ロック」と「プログレッシヴ・ロック」という、1970年代前半に隆盛を極めた英国のロック・ミュージックのふたつのスタイルの魅力の象徴とも言えるものだった。ジューダス・プリーストの音楽は、「ブリティッシュ・ハード・ロックは未だ死なず」と、ファンの多くに思わせたものだったのではないか。そのジューダス・プリーストが後に「ヘヴィ・メタル」へと変貌してゆくのは、少々皮肉なことではある。

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 ファンの間で初期の「名作」として語られる「Sad Wings Of Destiny」は、少しばかりの欠点はあるとしても、その評価に決して恥じない作品だと言えるだろう。「ブリティッシュ・ハード・ロック」としてファンを喜ばせたアルバムだが、そこに見え隠れする「新しさ」は、やはり後の「ヘヴィ・メタル」へと発展する萌芽であったのだろう。1970年代のロック・シーンの全体像からは見落とされがちな作品ではあるが、ジューダス・プリーストの実質的な出発点として記念碑的な意味合いもあるだろうし、「ハード・ロック」が「ヘヴィ・メタル」へと変貌する過程を見る上でも重要な意味を持つだろう。「ロック史に残る傑作」とは言えないまでも、さまざまな魅力に満ちた作品であることは間違いない。英国ハード・ロックに於ける、忘れがたい逸品である。