幻想音楽夜話
The World Became The World / Premiata Forneria Marconi
1.The Mountain
2.Just Look Away
3.The World Became The World
4.Four Holes In The Ground
5.Is My Face On Straight
6.Have Your Cake And Beat It

Mauro Pagani : flute, violin, vocals
Flavio Premoli : keyboards, vocals
Francone Mussida : guitar, vocals
Franz DiCioccio : drums, vocals
Patric Djivas : bass

Peter Sinfield : english lyric

Produced by PFM and Claudio Fabi
1974
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ、通常は「PFM」と略称されるイタリアのバンドがエマーソン・レイク&パーマーの設立した「マンティコア」レーベルから世界デビューを果たしたのは1973年のことだ。デビュー・アルバム「Photos Of Ghosts(幻の映像)」は圧倒的な魅力でプログレッシヴ・ロック・ファンを魅了し、彼らは一気にロック・シーンの頂点の一角に登り詰めることになった。その「Photos Of Ghosts(幻の映像)」に続くアルバム作品として1974年に発表されたのが、この「The World Became The World(甦る世界)」である。

 「The World Became The World(甦る世界)」は一般にはPFMのセカンド・アルバムとして捉えられることが多いのではないかと思うが、このあたりは少々事情が入り組んでいる。そもそも彼らの世界デビュー盤として発表された「Photos Of Ghosts(幻の映像)」は、彼らがすでにイタリア国内で発表していた二枚のアルバムから選ばれた楽曲にピート・シンフィールドが新たに英語詞を与えて再演し、再構成して出来上がったものだった。もちろん「Photos Of Ghosts(幻の映像)」は非常に優れた作品として完成しているが、PFMのメンバー自身、そしてマニアックなファンの一部にとっては、彼らを世界にデビューさせるに当たって「企画」された「寄せ集め」的なアルバムという意味合いがあった。

 「The World Became The World(甦る世界)」はそれに続くオリジナル・アルバムとして制作されたもので、PFM自身はこれを「サード・アルバム」と見なしているという。そしてまたマニアックなPFMファン、イタリアン・ロックのファンにとってもそうかもしれない。世界デビューを果たし、認められた後に発表するオリジナル・アルバムであったからか、このアルバムの完成度、充実度は目を見張るものがある。さまざまな意見があるとは思うが、やはりこのアルバムを1970年代PFMの最高傑作としても差し支えないのではないか。

 「The World Became The World(甦る世界)」は、実は二種が存在する。ひとつは日本の一般的ロック・ファンにも馴染み深い、英語詞盤のもの、もうひとつはイタリア国内で発表されたイタリア語詞盤のものだ。世界デビューを成し得た後だったから、英語盤のものだけでもよかったようにも思うが、やはりイタリア本国で「売る」、あるいは「受け入れられる」ためにはイタリア語盤も必要という判断があったのかもしれない。英語盤のものに収録されてアルバム・タイトルにもなっている「The World Became The World(甦る世界)」は、彼らのデビュー曲「九月の情景」に英語詞を与えて再演したもので、イタリア語盤には収録されていない。そうしたことからも、彼らがこのアルバムを自分たちの「正真正銘のサード・アルバム」として国内のファンに届けたかったのではないかという気がする。

 「The World Became The World(甦る世界)」のイタリア語詞盤は、かつて日本でもCDが発売されたことがあり、マニアックなPFMファン、イタリアン・ロック・ファンの間では必携のアルバムになっていると言っていい。英語詞盤では「青」を基調としたアルバム・ジャケットは、イタリア語詞盤では「緑」が基調になっており、音楽そのものも英語とイタリア語の響きの違いからか、その味わいも少々違って聞こえる。マニアックなファンの間ではイタリア語で聴いてこそPFMの魅力の本質を理解できるという意見も少なくないと思うが、これはやはり人それぞれであるかもしれない。

 英語詞盤で英語詞を担当したのが、「Photos Of Ghosts(幻の映像)」でも英語詞を担当したピート・シンフィールドで、このアルバムでも彼の魅力的な詞世界を存分に楽しむことができる。個人的には、この英語詞盤をよく聴いていたし、ピート・シンフィールドという人を好きだったこともあって、英語詞盤の「The World Became The World(甦る世界)」への思い入れが強い。だからこの拙稿でも英語詞盤の「The World Became The World(甦る世界)」について述べたい。

節区切

 実は当時初めて購入したPFMのレコードは「セレブレイション」のシングル盤だった。ラジオ番組で偶然耳にして惚れ込んでしまい、すぐに町のレコード・ショップに行ったのだが、地方の小さなレコード・ショップのことで、もちろん店頭には並んでいなかった。取り寄せてもらおうと思ったのだが、「PFM」の名が店員に通じない。若い女性店員だったが、「PFM? 聞いたことないな。PPM(注:「PPM」はフォーク・グループ「ピーター・ポール&マリー」の略称)の間違いじゃないの?」などと言われる始末だった。詳しく説明して調べてもらって、ようやく手に入れたシングル盤を、何度も何度も聴いたものだった。友人に聞かせると、彼も気に入ったらしく、彼は「Photos Of Ghosts(幻の映像)」のLPを購入(これも説明に苦労しただろう)、このアルバムはもっぱら彼の家で聞かせてもらい、自分で購入するのはずいぶん後になってからだった。そのPFMの「セカンド・アルバム」が発売されるというので、これは発売前に予約して手に入れたような覚えがある。

 手に入れた「The World Became The World(甦る世界)」を、これも何度も何度も繰り返し聴いた。夢中になって聴いた、というのが相応しいかもしれない。PFMの奏でる音楽の虜になり、その音楽世界にどっぷりと浸っていた時期がある。自分で購入し、自分の手元に置き、じっくりと聞き込んだという意味では、個人的にはPFMというバンドは「Photos Of Ghosts(幻の映像)」より「The World Became The World(甦る世界)」からその姿を捉えていた気がする。当時、自分にとっては、この「The World Became The World(甦る世界)」こそがPFMだった。

節区切

 レコードに針を下ろした直後に始まる、その重厚なコーラスにまず驚かされた。クラシックの合唱曲のような冒頭部分は、当時のロック・バンドの音楽への一般的常識を覆してくれたものだった気がする。このコーラス部分は、なんと2分以上も続く。イントロ部分での「ちょっとした効果音」的な扱いではない。そうして始まる「マウンテン」は10分を越す長い楽曲で、壮大で劇的な楽曲だ。コーラスが終わった後に始まる演奏は一転して激しく力強い。やがて曲想は変化し、幻想的で夢想的な世界が広がってゆく。鳥のさえずりを彷彿とさせるフルートの音色も印象深い。霧に霞むような幻想世界はやがて再び力強さを得て、ダイナミックに展開されてゆく。終盤では冒頭部分に聴かれたコーラスを交えて展開し、やがて霧の向こうに消えてゆくかのように収束してゆく。このエンディングも幻想的で絵画的な魅力を携えていて素晴らしい。ちなみにピート・シンフィールドによる歌詞には「古代日本の山の神」が描かれており、歌詞カードを見てみると"O-Yam-Tsu-Mi"の名がある。おそらく日本神話に於ける「大山津見命(おおやまつみのみこと)」のことだろう。大山津見命は国産みの神として知られる伊邪那岐命と伊邪那美命とから生まれた神で、山河草木を司る神である。

 「Just Look Away」には「通りすぎる人々」という邦題が与えられており、この邦題もなかなか秀逸という気がする。「マウンテン」でのダイナミックな音楽世界からは一転して、穏やかで牧歌的なリリカルな楽曲だ。街角の老ヴァイオリニストや公園の老人たちの姿を描きながら、ピート・シンフィールドはその歌詞の中に現代社会への問題提起を試みているかのようだ。もちろんあからさまなメッセージ性がメインに据えられているわけではなく、絵画的な世界の中にひっそりと「意味」が忍び込ませてある。PFMの演奏は、そのような曲想に見事に呼応して叙情的な世界を造り上げる。朝露の滴が落ちて、その飛沫がさらに落ちる様子を彷彿とさせるようなイントロも素晴らしい。エンディングで奏でられるフルートの音色とメロディが、人生の悲哀と時の流れの無常さを表現しているように感じられて、思わずその音楽世界に引き込まれてしまう。

 「The World Became The World(甦る世界)」はこのアルバムのタイトル曲になった楽曲だが、もともとはPFMのデビュー曲となった「九月の情景」に、ピート・シンフィールドが新たに英語詞を与え、まったく別の解釈によって生まれ変わった楽曲だ。5分足らずの演奏時間はこの頃の一般的なプログレッシヴ・ロックの楽曲としては短い部類に入るが、劇的な構成の楽曲で、静けさを湛えたイントロ部から一気に盛り上がってゆく展開は聴き応えがある。ピート・シンフィールドの歌詞は抽象的で難解だが、それだけにさまざまな解釈が可能で、聴き手の中にそれぞれの心象風景を描くことだろう。ある人は「天地創造」を見るだろうし、ある人は「心の解放」のようなものを感じるだろう。シンセが唸りを挙げるドラマティックな音楽世界の中に自由に想像力を遊ばせるのが楽しい。

 「Four Holes In The Ground」は「原始への回帰」という邦題が与えられている。この邦題は歌詞中に用いられた「ancient」という単語と、演奏の印象からつけられたものではないかと思うが、この楽曲のテーマを的確に表現したものとは言えないだろう。ピート・シンフィールドの歌詞はやはり難解で、独特の言葉がちりばめられて安易な解釈を拒んでいるようにも見えるが、その中に「人生」というものを描いているのではないかという気がする。民族音楽を彷彿とさせるパーカッションのイントロ部から高らかに響くヴァイオリンの演奏、そしてさらにそれにシンセの響きが被さり、実に色彩豊かな絢爛な音楽世界が展開される。そこから一転して幻想的な音像の中に歌声が聞こえてきたかと思えば、ダイナミックでリズミカルな演奏が続く。めまぐるしく変わる曲調は「息つく暇もない」といった印象で、緩急自在で技巧的な演奏に聴き手は翻弄されてしまう。力強いリズムや、豪快に唸りをあげるシンセの音も痛快で、「超絶技巧」のロック・バンドとしてのPFMを堪能できる楽曲の代表的なもののひとつではないだろうか。

 「Is My Face On Straight」は夢想的な世界だ。イントロから冒頭部分にかけての、まるで「夢の底」から語りかけてくるような演奏と歌声が印象深い。ピート・シンフィールドの歌詞はここでも難解だが、根底には現代社会への風刺のようなものがあるように思える。「困惑」という邦題も、なかなか気が利いている。PFMの演奏は変幻自在に印象を変え、少しばかりジャズ的なインプロヴィゼーションを感じさせる。複雑な構成を見せる楽曲で、メンバーのセッションの中からなかば即興のように出来上がった楽曲なのかもしれないという感じがある。曲想もさまざまに表情を変える楽曲だが、全体を通して概ね夢想的で、「現実」というものを裏側から見ているような印象がある。タイトルとなった「Is My Face On Straight」というフレーズが残ってフェイド・アウトしてゆくエンディングも面白い。

 アルバムの最後に収録された「Have Your Cake And Beat It」はインストゥルメンタル曲だ。タイトルの「Have Your Cake And Beat It」は英語の慣用句「You can't have your cake and eat it, too.」からとられたものだろう。「You can't have your cake and eat it, too.」は、ケーキを持っていることと食べることの双方はできない、すなわち「ケーキを食べたらなくなってしまうよ」ということで、矛盾するふたつのことを同時に欲しても叶わないという意味だ。余談だが、赤ん坊というものは自分が食べてしまったのに、お皿の上から無くなってしまったことに気づいて怒ったりすることがある。「自分が食べたからもう無いのだ」ということは学習によって理解するらしい。この楽曲には「望むものすべては得られない」という邦題がつけられているが、少々ニュアンスは違うものの、なかなか良い邦題のように思える。この楽曲はインストゥルメンタル曲であるからか、さらにジャズ的な要素を強く感じる。何やら暗闇の中で蠢くような印象のイントロ部から夢想的な表情が与えられ、次には焦燥感や苛立ちを煽るような演奏が繰り広げられる。やがてそうした表情の演奏から一転、終盤ではシンセの唸りの中に壮大な音世界が広がり、聴き手は一気にカタルシスを与えられる。その瞬間がたまらない。やがて音楽は少しずつ遠ざかり、アルバム全体の音楽世界を終息させてゆく。

 PFMの音楽の魅力のひとつは、彼らの卓越した演奏技巧に支えられた変幻自在な演奏そのものにもあると言えるだろう。そうした意味でも、このアルバムはPFMのファンにも充分に応えてくれるものに違いない。クラシック音楽の要素を感じさせながらジャズ的な方法論も持ち込み、それをダイナミックなロック・ミュージックとして結実させる彼らの演奏には昂奮を覚える。LP時代には「The Mountain」から「The World Became The World」までがA面、「Four Holes In The Ground」から「Have Your Cake And Beat It」まではB面という構成だった。A面の方には「Just Look Away」や「The World Became The World」など、比較的構成のシンプルな、端正にまとめられた楽曲が並んでいる印象だが、B面ではまさにPFMの真骨頂、緩急自在、変幻自在な音楽世界が繰り広げられている。それぞれに魅力的だが、一般的なプログレッシヴ・ロック・ファンにはA面の方がわかりやすく、PFMのファンにとってはB面の三曲の方が魅力的なのではないだろうか。

節区切

 PFMの音楽は、幻想的で夢想的な色彩に彩られた、絵画的で映像的な印象が魅力だ。彼らの音楽に対して大きく感性の扉を開けば、心は中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジーの世界に連れ去られてしまう。それは荒涼とした大地に魔物が跋扈するようなファンタジーではなく、陽光の降り注ぐ緑の草原に妖精が舞い踊るような、霧深い森に隠れる美しい異世界を垣間見るような、そのような印象のファンタジーだ。そうしたPFMの音楽の魅力が、このアルバムでは特に際だっているようにも感じる。楽曲のひとつひとつに、異世界を舞台にした幻想的な物語に身を沈めるような感覚がある。そのような感覚を音楽の魅力として感じることのできる人には、このアルバムは比類の無いほどの素晴らしい作品であることだろう。

 これまでPFMの音楽に触れたことのない人に、まず一枚のアルバムを勧めるとしたら、「Photos Of Ghosts(幻の映像)」か、この「The World Became The World(甦る世界)」にするか、少々迷うところだが、個人的には「The World Became The World(甦る世界)」を推したい。このアルバムに収録されたPFMの演奏に「度肝を抜かれる」ような感覚を味わってから、PFMの音楽にさらに入り込んでゆくのもよいのではないかと思うからだ。初めての人にはやはり英語詞盤をお勧めする。マニアックな人はもちろん英語詞盤とイタリア語詞盤との双方を入手した方がいい。幻想的な音楽を好む人にも、卓越した演奏技巧を楽しみたい人にも、「The World Became The World(甦る世界)」は勧めることにためらいがない。

 マンティコア・レーベルから世界デビューを果たし、一気にプログレッシヴ・ロック・ファンの注目を集め、その後に彼らが制作した初めてのオリジナル・アルバムだったということもあってか、このアルバムはPFMというバンドの自信にも裏付けられて素晴らしく充実した作品に仕上がっている。1970年代の「プログレッシヴ・ロック」というものが遺した作品の中で屈指のものではないか。「プログレッシヴ・ロック」のファン、1970年代のロックの好きな人にとって必聴の作品と言っていい。傑作中の傑作である。