Quatermass
1.Entropy
2.Black Sheep Of The Family
3.Post War, Saturday Echo
4.Good Lord Knows
5.Up On The Ground
6.Gemini
7.Make Up Your Mind
8.Laughin' Tackle
9.Entropy
John Gustafson : vocals & bass guitar
Pete Robinson : keyboards
Mick Underwood : drums
Produced by Anders Henriksson
1970
2.Black Sheep Of The Family
3.Post War, Saturday Echo
4.Good Lord Knows
5.Up On The Ground
6.Gemini
7.Make Up Your Mind
8.Laughin' Tackle
9.Entropy
John Gustafson : vocals & bass guitar
Pete Robinson : keyboards
Mick Underwood : drums
Produced by Anders Henriksson
1970
1960年代から1970年代にかけてのブリティッシュ・ロックに興味のある人なら、ビル街の谷間に群れ飛ぶ翼竜の姿をデザインした印象的なジャケットを、一度は見たことがあるだろう。ヒプノシスがデザインしたこのジャケットは、彼らのデザイン・ワークの中でも特に印象深いもののひとつに数えられるのではないだろうか。このジャケットに包まれて1970年に発表された作品が、クォーターマス(Quatermass)のオリジナル・メンバーによる唯一のアルバム作品である。クォーターマスは一般的な知名度は高いとは言えないバンドだが、当時のブリティッシュ・ロックを深く愛する人にとっては「知っていて当然」とでも言うべきバンドであるに違いない。
クォーターマスはジョン・グスタフソン、ピート・ロビンソン、ミック・アンダーウッドの三人によるトリオ・バンドだ。ジョン・グスタフソンは1950年代からさまざまなバンドで音楽活動を続けてきたミュージシャンであるらしい。そのジョン・グスタフソンがエピソード・シックスというバンドに迎えられ、ピート・ロビンソンとミック・アンダーウッドのふたりと知り合ったことがバンド結成のきっかけになったという。エピソード・シックスというバンドは、ブリティッシュ・ロックの歴史に詳しい人なら知っていると思うが、ディープ・パープル加入前のイアン・ギランとロジャー・グローヴァーが在籍していたバンドで、ふたりがディープ・パープル加入のためにエピソード・シックスを脱退したためにジョン・グスタフソンがバンドに迎えられたものらしい。その辺りの詳しい経緯は他のサイトや書籍に譲るが、そういった繋がりからクォーターマスというバンドもディープ・パープル人脈の中に語られることが少なくない気がする。そしてまた、後にディープ・パープルを脱退してレインボー(当初は「Richie Blackmore's Rainbow」)を結成したリッチー・ブラックモアが、レインボーのデビュー・アルバムに於いて「Black Sheep Of The Family」をカヴァーしていることからも、クォーターマスがディープ・パープル人脈のバンドとして語られる機会を増やしているようにも思える。
ディープ・パープル人脈のバンドとして語られるということは、クォーターマスに対して「ディープ・パープル・タイプのハード・ロックを演奏するバンドなのだろう」という誤解を生むかもしれない。確かにクォーターマスは「ハード・ロック・バンド」としての側面も持っている。特に前述の「Black Sheep Of The Family」といった楽曲に聞かれる演奏は小気味よいハード・ロックといってよいが、クォーターマスというバンドの全体像は実は「ハード・ロック・バンド」ではない。その音楽性はディープ・パープルなどのハード・ロック・バンドの音楽より、むしろキース・エマーソンを擁したナイスやEL&Pに近い。アグレッシヴでハードな演奏ではあるが、その音楽の感触はアヴァンギャルドな先鋭性を孕んだ「プログレッシヴ・ロック」に近い。そして事実、当時のクォーターマスは紛れもない「プログレッシヴ・ロック」のバンドだったと言っていい。
クォーターマスはギタリスト不在のバンドだった。ジョン・グスタフソンはヴォーカルとベースを担当し、ピート・ロビンソンはキーボード、ミック・アンダーウッドはドラムだ。その編成も、ベーシストがヴォーカルも担当するあたりも、EL&Pと共通するのが面白い。その音楽性にも共通のものがあるのは、しかしそのためだけではあるまい。EL&Pもクォーターマスも、キーボードをサウンドの中心に据えた先鋭的な音楽を創造していたバンドだが、しかしその核にあるのはアグレッシヴでハードなロック・ミュージックのダイナミズムだ。もちろん両者の違いはさまざまにある。EL&Pはキース・エマーソンのアグレッシヴで先進的な音楽とグレッグ・レイクの牧歌的でリリカルな音楽性の融合というものに音楽の面白みがあったが、クォーターマスの音楽にはあまりリリシズムというものは感じられない。どちらかと言えば、より「前衛」に寄っていた印象があるようにも思える。
クォーターマスとEL&Pとの共通点や相違点ばかりを論じても仕方がない。クォーターマスの話をしよう。クォーターマスの唯一のアルバムが発表されたのは1970年のことだ。当時、「プログレッシヴ・ロック」というものは現在の視点で見るような「ジャンル」としての全体像を形成してはいなかった。当時のロック・ミュージックは、簡単な言い方をすれば「何でもあり」の状態だったと言っていい。「何か新しいもの」を創造しようという気概がロック・シーンには満ち溢れ、斬新さがもてはやされた時代だった。ロック・ミュージックは必然的に本来の意味で「ハード」であり「プログレッシヴ」であった時代だったのだ。そのような中で、クォーターマスというバンドも意図的に「ハード・ロック」や「プログレッシヴ・ロック」であろうとしていたわけではあるまい。クォーターマスを成したメンバーたちが、自身の音楽的素養や経験を礎に、「それまでにない、オリジナリティに溢れた新しい音楽」を創造しようとした結果として、プログレッシヴでハードなクォーターマスの音楽が産まれたに過ぎない。そしてそれこそが、当時のブリティッシュ・ロックとしてもっとも魅力的な要素のひとつに他ならない。
彼らの音楽はハードなロックでありながら、ジャズやクラシックの要素を取りこみ、時にアヴァンギャルドな感触を携えて多彩な表情を見せる。そのサウンドの中心にあるのはピート・ロビンソンの演奏するキーボード群、特にオルガンの響きだ。オルガンの響きをメインに展開する彼らのサウンドは、時にエッジの効いたハードな感触を放ち、時に抽象的な難解さを孕む。ロック・ミュージックとしてのダイナミズムを失ってはいないが、決して体感的な音楽ではない。彼らの音楽は知的な興奮を誘い、思索的な深みを感じさせながらスリリングに展開する音楽だ。しかし神話的な物語性や幻想的な映像性とは無縁で、もっと硬質で乾いた音像の中に前衛的な実験性が見え隠れしながら、ダイナミズム溢れるロック・ミュージックとして結実している。ジョン・グスタフソンの少しばかりヒステリックな印象も携えたアグレッシヴな歌唱はいかにも「ハード・ロック」のヴォーカリスト的な味わいだが、その歌唱がキーボード群の奏でる非現実的な印象の音像の中に違和感なく調和する様子はある種の痛快さを感じさせる。クォーターマスの音楽は、基本的に「かっこいいロック」なのだと言っていい。
アルバムは効果音的な小品「Entropy」で幕を開け、同名の小品で幕を閉じる。冒頭の「Entropy」はアルバム全体のプロローグとしての意味合いを持つものだろうし、最後に収録された「Entropy」もエピローグ的な意味合いで、その前の「Laughin' Tackle」のエンディングから途切れることなく引き継がれ、独立した楽曲としての意味合いは少ない。そうしたアルバム構成にも、当時の「プログレッシヴ・ロック」的なアプローチが感じられるところだ。
「Black Sheep Of The Family」は前述のようにレインボーがカヴァーしたことでロック・ファンにはよく知られた楽曲だ。「本家」であるクォーターマスの演奏も小気味よいハード・ロックだが、幻惑的な効果音をイントロ部に配し、楽曲自体のサウンドもオルガンが中心になっているところが彼ららしいところだろう。楽曲そのものも魅力的で、リッチー・ブラックモアがカヴァーしたがったというのも頷けるところがある。
「Post War, Saturday Echo」はいかにも「プログレッシヴ・ロック」的なオルガン演奏をイントロ部に配した楽曲だが、楽曲自体はアヴァンギャルドなブルース・ロックのような味わいを見せる。静けさの中に浮かび上がるジョン・グスタフソンのヴォーカルが緊張感を高めて聴き応えがある。間奏部のピアノ演奏は少しばかりジャズ風の感触だが、幻惑的な響きを伴っていて効果的だ。静けさの中から劇的な盛り上がりを見せる楽曲で、唐突な印象のエンディングもなかなかいい。
「Good Lord Knows」は静謐でクラシカルな印象の小品だ。印象的に響いているのはハープシコードだろうか。ストリングスも加えられた演奏は幻想的な感触もあり、短いながらも味わい深い楽曲だ。
「Up On The Ground」は重厚なリフが印象的なハード・ロックだ。オルガンやシンセサイザーなどのキーボード群の織りなす音像がアグレッシヴな印象でなかなか痛快な楽曲だ。ヴォーカル曲だがオルガン演奏を中心に据えた間奏部もなかなか聴き応えがある。楽曲の全体像を覆う重厚で硬質な印象が魅力的だ。
「Gemini」は「Black Sheep Of The Family」と同タイプのスピーディなハード・ロックだが、ふいに静けさが訪れてクラシカルで幻想的な味わいのオルガンが響くあたりは単純なハード・ロックとは一線を画す印象だ。途中の器楽演奏部分もスリリングだ。
「Make Up Your Mind」は重厚な演奏にシャウトするヴォーカルが絡んで雄大な印象をもたらす楽曲だが、中盤では演奏部を含み、ヴォーカル曲とインストゥルメンタル曲が融合したような構成になっている。何やら予兆めいて不穏な感触をもたらす演奏部はなかなか聴き応えがあり、9分近い演奏時間の楽曲だが飽きさせない。
アルバムのクライマックスは10分を超える大作「Laughin' Tackle」だ。ジャズ・ロック風に展開するインストゥルメンタル曲で、全編に漂う緊張感が印象的だ。途中にはドラム・ソロなども含み、ストリングスも加えた演奏はなかなかスリリングな魅力を放っている。
オリジナル・アルバムは冒頭の「Entropy」からエンディングの「Entropy」までの9曲で構成されていたが、CD復刻されたアルバムにはさらにボーナス・トラックとして「One Blind Mice」と「Punting」の2曲が追加収録されている。「One Blind Mice」はヴォーカル曲で、アグレッシヴな歌唱が印象的なハード・ロックだ。「Punting」は7分超のインストゥルメンタル曲で、前衛的な雰囲気の漂うジャズ・ロックとでもいうような楽曲だ。
アルバムに収録された楽曲のほとんどはヴォーカル曲だが、シンプルなポップ・ソングのように、「歌」と「伴奏」といった単純な構成の楽曲は少ない。ヴォーカル部分と器楽演奏部分が同等の比重を持ち、ヴォーカルを含んだインストゥルメンタル曲とでもいうような佇まいを見せる。アグレッシヴでハードな音楽だが、その懐には前衛的で先鋭的な実験性を孕み、1970年前後のロック・ミュージックというものが持っていた熱気のようなものが溢れている。その音楽は確かに「プログレッシヴ」だが、後年になって「ジャンル」として成立する「プログレッシヴ・ロック」の概念とは少々異なっているかもしれない。いわゆる「プログレッシヴ・ロック」の持つ幻想的で映像的な側面はほとんど見られず、「ジャズ・ロック」と「ハード・ロック」の融合とでも言うべき緊張感に溢れた音楽だ。別の言い方をするなら「プログレッシヴ・ロック前夜」の音楽だったかもしれない。
ベーシストとドラマー、そしてキーボード奏者によるトリオ編成によるアグレッシヴなロック・ミュージックは、くどいようだがEL&Pを彷彿とさせる部分も少なくない。そしてまた楽曲によってはユーライア・ヒープの音楽を想起させる要素もある。しかし、改めて言うが、このアルバムが発表されたのは1970年のことだ。EL&Pのデビュー・アルバムが発表されるのは1971年、ユーライア・ヒープのデビューは1970年だが、ヒット作「対自核」が発表されるのは1971年のことだ。1970年も1971年もたいした違いはないように思えるかもしれないが、当時のロック・ミュージック・シーンの変化のスピードを思えば1年は大きい。クォーターマスは先んじていたのだ。
たった一枚のアルバムだけを残したクォーターマスだが、それだけにこのアルバムは「ブリティッシュ・ロック」に於ける秘宝のような輝きを放っていると言っていい。アグレッシヴでプログレッシヴなロック・ミュージックの佇まいは当時のロック・シーンの熱気を封じ込めている。1970年前後のブリティッシュ・ジャズ・ロックの好きなファン、キーボードを主体としたブリティッシュ・ロックの好きなファンにとって、クォーターマスのアルバムは必聴の名盤と言ってよいだろう。
クォーターマスが解散した後、ジョン・グスタフソンはアトミック・ルースターの元メンバーふたりと共にハード・スタッフを結成、ギター・ミュージックとしてのハード・ロックへ向かう。キーボード奏者のピート・ロビンソンはセッション・ミュージシャンとして活躍、ドラマーのミック・アンダーウッドは、1970年代半ば、ストラップスのメンバーとしてファンの前に戻ってくる。
This text is written in February, 2006
by Kaoru Sawahara.
by Kaoru Sawahara.