幻想音楽夜話
Christmas / The Singers Unlimited
1.Deck The Halls
2.Ah Bleak & Chill The Wintry Wind
3.Bright, Bright The Holly Berries
4.Jesu Parvule
5.Caroling, Caroling
6.What Are The Signs
7.Night Bethlehem
8.While By My Sheep
9.It Came Upon A Midnight Clear
10.Silent Night
11.Joy To The World
12.Wassail Song
13.Carol Of The Russian Children
14.Good King Wenceslas
15.Coventry Carol
16.Oh Come All Ye Faithful
17.Have Yourself A Merry Little Christmas

Gene Puerling
Don Shelton
Len Dresslar
Bonnie Herman

1972
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 クリスマスが近くなるとラジオの音楽番組などでクリスマス・ソングの特集を組んだりするものだ。シンガーズ・アンリミテッドというグループによるクリスマス・ソングを、そのようなラジオ番組で初めて耳にした記憶がある。1973年から1975年にかけての頃だったろうか。シンガーズ・アンリミテッドによるクリスマス・ソングの数曲を聞き、その美しいコーラスにすっかり魅了されてしまった。無伴奏によるコーラスを「アカペラ」というのだとその時に初めて知ったし、「シンガーズ・アンリミテッド」というグループの名もその時に初めて知った。

 クリスマス・ソングというものは、一年に一度、クリスマス前の一時期にしか聞かないから(いや、聞いてもよいのだが、やはり個人的には他の季節に聞こうとは思わないのだ)、小遣いをやりくりしてレコードを購入していた当時の身としては、シンガーズ・アンリミテッドのクリスマス・アルバムのレコードの購入は見送ることにしてしまった。それでもやはりクリスマス前の時期になると、ラジオ番組などでその歌声を耳にしてきたものだ。

 ようやく念願かなってシンガース・アンリミテッドのクリスマス・アルバムを手に入れたのは、時を経てLPからCDの時代になってからだった。まだCDというものが目新しい時期で、このCDも3300円の値段が付けられていた時代だった。以来、クリスマスを控えた時期になるとこのCDを棚から引っぱり出してプレイヤーの横に置く。他にもさまざまなクリスマス・アルバムを購入したが、何度か聞くと飽きてしまうものも少なくなく、毎年必ず聞いてしまうのは限られたものしかない。シンガーズ・アンリミテッドのアルバムは、そうした個人的に「定番化」したクリスマス・アルバムの中の貴重な一枚だ。

節区切

 シンガーズ・アンリミテッドは、ジーン・ピュアリングという人をリーダーとする男性三人、女性一人の四人組、アメリカのグループで、1967年に結成されたという。一般には「ジャズ」の分野で語られることが多いようだが、「ジャズ」という形容が意味するスタイルより、彼らの音楽は遙かに広く深いように思える。彼らは基本的にアカペラ・コーラスのグループだが、多重録音によってメンバーの声をさらに重ね、四人とは思えないほどの厚く深い音像を造り上げていることも特徴だ。

 シンガーズ・アンリミテッドによるこのクリスマス・アルバムは、タイトルをシンプルに「Christmas(クリスマス)」という。1972年に発表されたものだ。収録されている楽曲はトラディショナル・ソングや賛美歌を中心に、古い時代に作られた楽曲がほとんどで、現在のポピュラー・ミュージック・シーンから生まれた楽曲としてはただひとつ「Have Yourself A Merry Little Christmas」が取り上げられているだけだ。そうした意味でも宗教的な意味合いでのクリスマスというものを強く感じさせ、現在のポップ・ミュージック・シーンに於ける企画物のクリスマス・アルバムとは一線を画する印象がある。

 そのようなトラディショナル・ソングや賛美歌に、シンガーズ・アンリミテッドのコーラスが見事に似合っている。アカペラ・コーラスであるから音像そのものはシンプルだが、人間の肉声というものがここまで表現力豊かに音楽的感動を呼び起こせるものなのかと驚く。アカペラとはもともとはイタリア語で、そのスタイルは教会音楽の無伴奏コーラスに端を発しているものらしい。その意味でも、このシンガーズ・アンリミテッドによるクリスマス・アルバムはまさに「正統的」とも言えるものかもしれない。

節区切

 シンガーズ・アンリミテッドの清涼感と透明感に満ちたコーラスが、何しろ素晴らしい。アカペラで歌われる賛美歌というと、ややもすると宗教色が強く出て一般の音楽ファンには入り込みにくいものになってしまうこともあるものだが、そのようなこともない。歌声は真摯で敬虔さを感じさせるが荘厳に過ぎることもなく、軽やかでもあるが浅薄ではない。彼らのコーラスはすでに「宗教」や「クリスマス」というものからも解き放たれて、ひとつの「音楽」として独立し完成している。三人の男性シンガーと一人の女性シンガーの声が多重録音によって紡ぎ出すシンガーズ・アンリミテッドのコーラスは「コーラス」というものの極限美と言ってもよいのではないか。

 少し陽気さを感じさせて祝福の予感に満ちた「Deck The Halls」から幕を開け、静けさに満ちた賛美歌などを紡ぎ、「Silent Night」や「Joy To The World」といった一般にもよく知られた楽曲が歌われ、柔らかで穏やかな「Have Yourself A Merry Little Christmas」で幕を下ろすまで、30分を少し越えるほどの時間だが、濃密で深い味わいに満ちた30分間だ。「Have Yourself A Merry Little Christmas」のエンディングに女性メンバーのボニー・ハーマンによるコメントが入るのもなかなか気が利いて粋な構成だ。単にクリスマス・ソングを集めただけのものではなく、アルバム全体でひとつの作品として成立しているようにも思える。

 美しいコーラスはBGMとして聞くことも許してしまうが、一般的なポップ・ミュージック・シーンのクリスマス企画アルバムのように、仲間とのパーティーの際に場を盛り上げるためのBGMとしては適さないかもしれない。そもそもここで歌われるクリスマスは「お祭り」的クリスマスとは違うのだ。敢えてクリスマス・パーティーの席でこのアルバムを聴くとするならば、パーティーの開始前にこれを皆で静かにこれを聞き、「Have Yourself A Merry Little Christmas」が終わって、「さあ、パーティーを始めようか」というような、そんな聴き方が似合うかもしれない。

節区切

 クリスマス・アルバムというものは世の中に数多いが、これほどに美しく透明な輝きに満ちた作品はなかなかない。凛とした音楽の佇まいは冬の夜の冷気のように身が引き締まる思いがする。やはりひととき腰を落ち着けて耳を傾け、じっくりとシンガーズ・アンリミテッドの造り上げる音楽の世界に浸りたい。愛する人と共に聴くのもいい。真摯な愛というものに、この音楽は見事に呼応する気がする。