東京都千代田区、飯田橋駅から四ツ谷駅にかけて旧江戸城外濠の堤に遊歩道が整備されている。外濠公園の名で親しまれ、桜の名所として名高い。桜が盛りの四月上旬、外濠公園を訪ねた。
春の外濠公園
JR中央線(総武線)の飯田橋駅から四ツ谷駅にかけて旧江戸城の外濠が今も残っている。外濠とは、説明するまでもないが、かつての江戸城を取り囲む外側の壕のことだ。場所によって「飯田壕」、「真田壕」、「弁慶壕」などといった名があり、“外濠”というのはそれらの総称である。外濠公園は外濠の西側部分、「牛込濠」、「新見附濠」、「市ヶ谷濠」付近の壕の跡や堤を利用して整備されたものだ。当然のことながら外濠公園は細長く延び、長さは2kmほど、ほとんどの区域は千代田区だが、一部は新宿区に跨っている。
春の外濠公園
春の外濠公園
外濠は本来は敵や動物の進入を防ぐために設けられた防護障壁であり、いわば“軍事施設”だったわけだ。明治期以降になっても外濠はそうした位置付けで扱われ、壕の堤は一般人は立ち入ることができなかったらしい。ところがやはり立ち入る者はいるもので、一説には1921年(大正10年)に法政大学が現在の市ヶ谷キャンパスの所在地に移転して以来、立ち入り禁止の土手に入り込む学生が後を絶たなかったため、大学側が校友の東京市会議員の支援を得て土手の解放を求め、1927年(昭和2年)に大学近くの一部地域が「土手公園」として解放されたのだという(千代田区サイト「学生ワークショップから考える外濠の再生について(榊俊文著)」より)。「土手公園」は以後、範囲を拡張、整備などを経て、現在の「外濠公園」へと至っている。
春の外濠公園
その外濠公園、今は桜の名所としてよく知られている。土手の上に並ぶ桜はJRの車窓からも、壕を挟んだ対岸の外堀通りからもよく見える。歴史の古さを物語るように桜の大木が大きく枝を広げて外濠の春を彩る。その外濠公園の桜並木を、今回(2011年)、四ツ谷駅から飯田橋駅へ向かって歩いた。
春の外濠公園/上智大学横
春の外濠公園
四ツ谷駅から外へ出ると国道20号(新宿通り)が駅を跨いで東西に延びている。すぐ西側の四谷見附交差点で外堀通りと交差しており、四谷見附交差点を南へ向かえば迎賓館だ。駅の東南側には上智大学が建っている。上智大学横の道路も桜並木が美しい。「四谷駅前」交差点から北へ向かうと、すぐに土手上に並ぶ桜の美しい景観が目に飛び込んでくる。春の青空を背景に鮮やかに咲き誇る。土手上に上がる石段を上って遊歩道を進もう。

土手上の遊歩道にはたくさんの花見客が行き交っている。遊歩道脇のスペースには“場所取り”のためのシートが置かれていたりする。すでに花見の宴を楽しんでいるグループもある。遊歩道は真っ直ぐに延びているわけではなく、少し曲がったり、幅も少し広くなったり、狭くなったりする。遊具を設けた小公園もあったりする。数百メートル行くと市ヶ谷駅だ。
春の外濠公園/市ヶ谷駅前
春の外濠公園
春の外濠公園
市ヶ谷駅前は江戸時代には市ヶ谷見附のあったところだ。今はコンクリート製の市ヶ谷橋がJRの線路と外濠を一跨ぎにして靖国通りを通している。市ヶ谷駅周辺もたいへんな賑わいだ。市ヶ谷橋北側の土手上には遊具類を設けた小公園があり、普段から近所の子ども連れや昼休みのビジネスマンやOLの姿の多いところだと思うが、今はそこに花見客が加わり、さらに賑わいを増している。

飯田橋方面へと歩を進めると、遊歩道横のスペースには花見客がシートを広げてランチタイムを楽しむ姿が多い。テーブル付きのベンチもいくつか設置されているようだが、もちろん空いているテーブルを探すのは難しい。この辺りが外濠公園で花見を楽しむ際の中心地と言っていいかもしれない。
市ヶ谷御門橋台の石垣石
市ヶ谷橋の袂には、江戸時代には市ヶ谷見附が置かれていた。現在のJR市ヶ谷駅の駅舎と交番が向かい合う交差点に市ヶ谷御門があり、市ヶ谷見附橋が外濠を跨いでいた。市ヶ谷御門は1871年(明治4年)に撤去され、今はその遺構も残されていないが、交番の裏手にある小公園の隅に、市ヶ谷御門橋台に用いられていた石垣の一部が置かれている。現在の市ヶ谷橋は1927年(昭和2年)に架けられたものという。この付近は昔から桜の多いところであるらしく、市ヶ谷御門は「桜門」とも呼ばれていたという。市ヶ谷橋の袂と“石垣石”の傍らには、それぞれ解説を記した案内板が立てられている。訪れたときにはぜひ目を通しておきたい。桜の咲く市ヶ谷橋で、昔の風景に思いを馳せるのも一興かもしれない。
春の外濠公園/市ヶ谷御門橋台の石垣石
春の外濠公園/新見附橋からの景観
春の外濠公園
春の外濠公園
市ヶ谷駅前から数百メートル進むと新見附橋、橋がJRの線路を跨ぎ、外濠を埋め立てた土手とによって千代田区と新宿区を繋いでいる。この新見附橋は明治になってから造られたものだそうで、江戸時代にこの場所に「見附」があったわけではないらしい。橋を架ける際に外濠部分は埋め立ててしまったので、結果的に「牛込濠」が分断される形になり、ここから上流側(南側)は「新見附壕」と呼ばれるようになったという。

この新見附橋から南側に視線を向けると「新見附壕」とその横に沿うJRの線路、そして外濠公園の桜とを一望する。壕と線路が緩やかに曲がっているために景観に表情があり、なかなか素敵な眺めだ。鉄道ファンには魅力的なところなのではないだろうか。

新見附橋の袂には法政大学の市ヶ谷キャンパスがある。そのため、遊歩道脇のスペースで花見を楽しむグループも学生らしい若者たちの姿がほとんどだ。新見附橋から北側にはそれほど桜の木は多くはないようだ。樹種もヤマザクラが中心になり、市ヶ谷駅周辺のような絢爛な風景とは少し趣が違っている。遊歩道から壕側を眺めると、土手の斜面には菜の花が咲き、壕の対岸にも桜並木が続き、その中をJRの電車が行き交う。なかなかフォトジェニックな風景だ。
春の外濠公園
春の外濠公園/水上のカフェ
新見附橋から1kmほどで牛込橋、早稲田通りが外濠と線路を跨いでいる。牛込橋は江戸時代に牛込見附があったところだ。現在も当時の石垣の一部が橋の袂に残されている。牛込橋まで来れば、すでに北側はJRの飯田橋駅、橋の歩道に向けて改札口も設けられている。外濠公園もここが北端だ。

牛込橋の袂、新宿区側の壕の岸辺に、水上にデッキを設けて営業するカフェがある。千代田区側から眺めるとその様子が何とも素敵だ。桜の咲き誇る穏やかな春の一日、水上に設けられたカフェで一休みするのは魅力的だが、当然のことながら席は満席、店の入口には長蛇の列ができていた。
牛込見附(牛込御門)跡
牛込橋の袂には牛込見附の門の跡が今も残されている。交差点南西側と北西側の角にある石垣がその遺構だ。北西側のものは交番の裏側にあって少し目立たないが、南西側のものはひときわ大きな存在感を放っている。牛込見附の石垣は牛込橋とともに1636年(寛永13年)、阿波徳島藩主蜂須賀忠英(松平阿波守)によって築かれたものだそうだ。牛込見附は田安門を起点にした「上州道」の出口で、「牛込口」とも呼ばれた交通の拠点であったという。牛込見附跡は江戸城外濠の見附跡の中でももっとも当時の面影を残すものであるらしい。こちらは昔は楓の木が多く、秋の景観が素晴らしかったという。牛込橋にも解説を記した案内板が立てられている。目を通しておきたい。
春の外濠公園/牛込見附(牛込御門)跡
春の外濠公園
春の外濠公園/法政大学前
春の外濠公園
「外濠公園」はそのすべてに延々と桜並木が続くというわけではない。場所によっては桜の木の少なかったりもするし、牛込橋と新見附橋の間ではソメイヨシノは少なく、ほとんどがヤマザクラのようだ。しかし江戸城外濠という歴史的遺構と桜との取り合わせには格別の魅力があり、「桜の名所」と呼ぶにふさわしいもののように思える。散策路を歩きながら壕を見下ろせば、春の陽光が水面に煌めき、土手の斜面に咲く花々が彩りを添えてたいへんに美しい。すぐ下をJRの電車が行き交う光景にも興趣があり、鉄道ファンでなくても電車と桜と外濠との組み合わせで写真を撮りたくなってしまう。

そしてもちろん外濠は歴史的遺構のひとつだ。市ヶ谷や牛込の見附跡などとともに「江戸城外堀跡」として国指定史跡にもなっている。桜を愛でるだけでなく、そうした歴史の名残を探しながら歩けば散策はさらに楽しい。

外濠公園は飯田橋駅から四ツ谷駅まで2kmほど、のんびりと歩いても一時間かからないほどの距離だ。途中で一休みしつつ、桜の見えるお店を探してランチタイムを過ごしたり、ゆったりと花見散歩を楽しむのがお勧めだ。
参考情報
交通
外濠公園はJR中央線(総武線)の線路に沿って延びている。四ツ谷駅、市ヶ谷駅、飯田橋駅を利用すると外濠公園へ至近だ。東京メトロ丸ノ内線四ッ谷駅、東京メトロ南北線四ツ谷駅、都営地下鉄新宿線市ヶ谷駅、東京メトロ有楽町線市ヶ谷駅、東京メトロ南北線市ヶ谷駅、都営地下鉄大江戸線飯田橋駅、東京メトロ東西線飯田橋駅、東京メトロ有楽町線飯田橋駅、東京メトロ南北線飯田橋駅なども、もちろん利用できる。自分にとって便利な路線と駅を選べばよい。

車で訪れる場合には周辺の市街地に民間駐車場が点在しているので利用するといい。

飲食
周辺は都心の市街地だ。駅周辺を中心にさまざまな飲食店が点在している。路地の奥にひっそりと店を構えるカフェなどを見つけるのも楽しい。

お弁当などを用意してのお花見ランチも楽しいものだが、何しろ花見客が多く、のんびりとした雰囲気は期待できない。週末などには場所探しにも困ってしまいかねない。

周辺
市ヶ谷駅から靖国通りを東へ向かえば数百メートルで靖国神社、さらに少し東へ向かえば千鳥ヶ淵、北の丸公園だ。これらも桜の名所として知られる。足を延ばしてみるといい。

飯田橋駅から北東側に足を延ばせば小石川後楽園、ここも桜の名所だ。余裕があれば併せて訪ねておきたい。
桜散歩
東京23区散歩