Hatfield And The North
1.The Stubbs Effect
2.Big Jobs (Poo Poo Extract)
3.Going Up To People And Tinkling
4.Calyx
5.Son Of There's No Place Like Homerton
6.Aigrette
7.Rifferama
8.Fol De Rol
9.Shaving Is Boring
10.Licks For The Ladies
11.Bossa Nochance
12.Big Jobs No.2 (By Poo And The Wee Wees)
13.Lobster In Cleavage Probe
14.Gigantic Land Crabs In Earth Takeover Bid
15.The Other Stubbs Effect
16.Let's Eat (Real Soon)
17.Fitter Stoke Has A Bath
Tracks 16 & 17 Originally Released as the A & B side of the First Hatfield and the North Single.
Richard Sinclair : bass, singing.
Phil Miller : guitars.
Pip Pyle : drums.
Dave Stewart : organ, pianos and tone generators.
Robert Wyatt : singing on "Calyx".
Geoff Leigh : saxes and flute.
Jeremy Baines : pixiephone.
Amanda Parsons, Barbara Gaskin, Ann Rosenthal : singing.
1973 Virgin Records Ltd.
2.Big Jobs (Poo Poo Extract)
3.Going Up To People And Tinkling
4.Calyx
5.Son Of There's No Place Like Homerton
6.Aigrette
7.Rifferama
8.Fol De Rol
9.Shaving Is Boring
10.Licks For The Ladies
11.Bossa Nochance
12.Big Jobs No.2 (By Poo And The Wee Wees)
13.Lobster In Cleavage Probe
14.Gigantic Land Crabs In Earth Takeover Bid
15.The Other Stubbs Effect
16.Let's Eat (Real Soon)
17.Fitter Stoke Has A Bath
Tracks 16 & 17 Originally Released as the A & B side of the First Hatfield and the North Single.
Richard Sinclair : bass, singing.
Phil Miller : guitars.
Pip Pyle : drums.
Dave Stewart : organ, pianos and tone generators.
Robert Wyatt : singing on "Calyx".
Geoff Leigh : saxes and flute.
Jeremy Baines : pixiephone.
Amanda Parsons, Barbara Gaskin, Ann Rosenthal : singing.
1973 Virgin Records Ltd.
マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」から始まったヴァージン・レコードの歴史は、その最初期に於いては先鋭的で進歩的な音楽を紹介するレーベルとしての性格を色濃く持っていた。大手の商業主義とは距離を置いた、そのような姿勢が、当時の「プログレッシヴ・ロック」のファンを中心に大いに支持されていたものだった。
その誕生間もないヴァージン・レコードから、カンタベリー・ミュージックの重要人物によって結成されたバンドのアルバムが発表された。1973年のことだ。バンドの名は「Hatfield And The North」という。4人編成のそのバンドのメンバーはと言えば、ギターにフィル・ミラー、ドラムにはピップ・パイル、キーボードにデイヴ・スチュワート、さらにベースとヴォーカルの担当としてリチャード・シンクレアというものだった。一般のロック・ファンには馴染みの薄い人たちであるかもしれないが、いずれもカンタベリー・ミュージック・シーンではよく知られた人たちで、それぞれが自身のバンドを率いて活動できるほどの実力を持ったミュージシャンたちだった。
しかし当時の日本で(今でもそうだが)、カンタベリー・ミュージックのバンドは決して人気があったとは言えない。ソフト・マシーンやキャラヴァンといった有名なバンドが「プログレッシヴ・ロック」のファンの一部に支持されていたとはいえ、一般的にはそれほどの認知度があったわけではないし、商業的にも同じようなものだったろう。そうした状況だったから、Hatfield And The Northのデビューもまた、一般のロック・ファンの注目を集めることもなかった。このHatfield And The Northのデビュー・アルバムについて、当時の音楽雑誌のレビュー記事で著名な音楽評論家が酷評していたのをよく覚えているが、一般的なロック・ファン、洋楽ファンの認識はその程度のものだったろう。シンプルでダイレクトなロックン・ロールや、わかりやすく親しみやすいポップ・ソングを好む人たちにとって、「カンタベリー・ミュージック」というものは、そして特にこのHatfield And The Northのデビュー・アルバムは、難解でとらえどころがなく「どこが良いのかわからない」音楽だったに違いない。
しかし、このHatfield And The Northほど、「カンタベリー・ミュージックのエッセンス」的に取り扱われているバンドは他にないのではないか。カンタベリー・ミュージック・シーンに於いて重要なバンドと言えば、やはりソフト・マシーンやキャラヴァンの名を挙げざるを得ないが、その次に、いやそれと同列に名を挙げられるバンドはやはりHatfield And The Northではないか。そしてソフト・マシーンやキャラヴァンがその長い経歴の中でさまざまに音楽性を変化させていったことを思うと、カンタベリー・ミュージックの最もカンタベリー・ミュージック的な部分をピュアに結晶させたような音楽性を持っていたバンドとして、Hatfield And The Northほど相応しいバンドはないのではないか。Hatfield And The Northというバンドがカンタベリー・ミュージックのファンの間で熱狂的に支持される理由は、そこにあるのではないか。
カンタベリー・ミュージックというものがどのような音楽かということについては、なかなか一言で説明しにくい。「カンタベリー・ミュージック」、あるいは「カンタベリー・サウンド」など、その呼称はどうでもいいが、「カンタベリー」という単語によって象徴される、その音楽スタイルは、イギリスのカンタベリー地方の出身、あるいはカンタベリーを活動の拠点としたミュージシャンたちによって育まれた音楽と言っていいだろう。彼らはワイルド・フラワーズを発端とする人脈のミュージシャンたちだったと言ってもいい。その音楽は少しばかり「捻り」の効いたポップ・ソングであったり、先鋭的なプログレッシヴ・ミュージックであったり、あるいは英国的なジャズであったりもするが、すべてどこかクールでインテレクチュアルな独特の色彩を携えている。そのカンタベリー特有の色彩を説明するのはひどく難しい。
ただカンタベリー・ミュージックの魅力のひとつが、「ロック」とも言えず「ジャズ」とも言えないようなスタイルの、卓越した器楽演奏の妙にあることは事実だ。その演奏はどこかクールに醒めていて、互いに絡み合うようなインプロヴィゼーション・プレイでさえ、「白熱したインタープレイ」というようなものとは異質な感じがする。「ロック」と呼ぶにはあまりにジャズ的だが、一般的な「ジャズ」というものとも違う。その演奏は焦点を結ぶことなく拡散するようなイメージがあるが、知的に抑制されていて情動的に流されている印象はない。劇的ではないがスリリングで、映像的ではないが聴き手の想像力を刺激する。英国的ウィットに富み、どこかくぐもったような音像がクールに広がる。そのような魅力が、カンタベリー・ミュージックにはある。そしてそうしたカンタベリー・ミュージックの魅力を、凝縮して結晶化させたような音楽が、Hatfield And The Northではなかったか。
カンタベリー・ミュージックのファンから絶大な支持を集めるHatfield And The Northだが、通常はセカンド・アルバムである「The Rotters' Club」の方が名盤として語られることが多い。確かに「The Rotters' Club」はその評価に恥じない名盤だが、だからといってこのファースト・アルバムが劣っているというのではない。あまりに素晴らしい内容の「The Rotters' Club」の陰に隠れてしまってはいるが、このファースト・アルバムもカンタベリー・ミュージックの名盤のひとつと言って差し支えない。このアルバムの収録に当たって、バンドのメンバー4人に加え、Robert WyattやGeoff Leigh、Jeremy Baines、Barbara Gaskinといったカンタベリー・シーンの重要人物がゲスト参加していることも、記しておかなくてはならないだろう。
このHatfield And The Northのファースト・アルバムに収録されているのは15曲、1989年に復刻されたCDには、それに加えてシングルとして発表された2曲がボーナス・トラックとして追加収録されている。15曲が収録されているとは言っても、通常のポップ・ミュージックのアルバムとはずいぶんと体裁が違う。収録曲は30秒にも満たない短い楽曲であったり、10分を超える長い楽曲だったりとさまざまで、それらが繋がり合って「組曲」であるかのようにアルバム全体を形作っている。ポップ・ソングとして完成された楽曲をいくつか収録してアルバムにする、という考え方は初めからなかったのだろう。聴いていてもそれぞれの楽曲の「切れ目」というものを意識することがない。
例えば冒頭の「The Stubbs Effect」は効果音的な20秒ほどの楽曲で、続く「Big Jobs (Poo Poo Extract)」はヴォーカル曲だがこれも30秒を少し超えるほど、すぐに「Going Up To People And Tinkling」の演奏へと移ってしまう。これは2分半ほどだが、次の「Calyx」へと移ってスキャットが聞こえ始めても別の楽曲に変わったと意識することはない。アルバム全体を費やした長大な楽曲のそれぞれのパートに、それぞれに楽曲としてのタイトルが与えられているだけのようにも見える。しかし実はそれぞれの楽曲にそれぞれ作者の名がある。「The Stubbs Effect」はピップ・パイル、「Big Jobs (Poo Poo Extract)」はリチャード・シンクレア、「Going Up To People And Tinkling」はデイヴ・スチュアート、「Calyx」はフィル・ミラーといった具合である。
このアルバムがスタジオでどのような造られ方をしたのか、詳しくは知らない。メンバーによるジャム・セッションのようなものが、最終的にこのような形になったものか、それぞれが楽曲のアイデアを持ち寄り、それらを有機的に繋ぎ合わせて「組曲」のような形にしていったのか、それぞれの楽曲が切れ目無く次の楽曲へと移ってゆく様は演奏自体がそのようなものだったのか、それぞれに独立して演奏されたものを編集したものなのか、よくは知らない。しかし、そのようなことはどうでもいい。結果的に出来上がったHatfield And The Northのファースト・アルバムは、まさにカンタベリー・ミュージックの真髄と言って良いような音楽を提示している。
曲想はめまぐるしく変わる。ポップ・ソングのような味わいのヴォーカル曲があったり、プログレッシヴなフリー・ミュージックの様相であったり、小粋なジャズ風であったり、ヘヴィなロックのようであったりする。牧歌的な味わいがあったり、アヴァンギャルドな先鋭性が感じられたり、英国的なユーモアを感じさせるものがあったり、痛快なかっこよさを感じたりする。音楽はまるで自在に形を変えるかのようにその印象を変えながら流れてゆく。淵となり瀬となり、ときおり飛沫を上げ、あるいは澱み、ときに穏やかに、ときに荒々しく流れてゆく、水の流れのようでもある。
そのような音楽の在り方は、ストレートなロックン・ロールや親しみやすいポップ・ソングを好む人たちにとって甚だわかりにくいものであるのかもしれない。何やら小難しい演奏がだらだらと続いているだけの、まとまりのない音楽として聞こえるかもしれない。そのように聞こえてしまえば、この音楽はまるで評価に値しない駄作、というより音楽とも呼べない代物に感じられてしまうかもしれない。しかしカンタベリー・ミュージックを愛する者たちにとって、この変幻自在に印象を変えつつ繰り広げられる音楽世界ほど快感を覚えるものはない。英国的なウイットと卓越した演奏技術に裏付けられた独特の音楽世界が、カンタベリー・ファンの心を捉えて離さないのだ。
Hatfield And The Northというバンド自体、一般のロック・ファンには馴染みの薄いものであることだろう。しかし、彼らはカンタベリー・ミュージック・シーンで最重要バンドのひとつであり、彼らのファースト・アルバムは、セカンド・アルバムと並んで、カンタベリー・ミュージックの作品の中で屈指の傑作と言っていい。カンタベリー・ミュージックのファンだと自認する人は必聴必携、このアルバムの良さを認めない人には「カンタベリー・ファン」を標榜して欲しくないとさえ思う。名盤である。
This text is written in March, 2004
by Kaoru Sawahara.
by Kaoru Sawahara.