幻想音楽夜話
Wishbone Four / Wishbone Ash
1.So Many Things To Say
2.Ballad Of The Beacon
3.No Easy Road
4.Everybody Needs A Friend
5.Doctor
6.Sorrel
7.Sing Out The Song
8.Rock'n Roll Widow

Martin Turner : bass guitar and vocals.
Andy Powell : acoustic and electric guitars, and vocals.
Steve Upton : drums and percussion.
Ted Turner : lap-steel, 12 string, acoustic and electric guitars, and vocals.

Produced by Wishbone Ash
Lyrics by Martin Turner except 'Rock'n Roll Widow' by Steve Upton
Music by Wishbone Ash
Recorded in February and March 1973 at Olympic and Apple Studios--London
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 ウィッシュボーン・アッシュの四作目に当たる作品である。タイトルもシンプルな「Wishbone Four」というものだが、それが意味するように内容もシンプルで、前作までの作品に見られた作品全体を覆うコンセプト性は失せ、さまざまな感触を持つ楽曲を収めてアルバムとして発表されたものだ。そのように言うと統一性に欠けた散漫なアルバムであるかのような誤解をもたらすかもしれないが、実はそのようなことはまるでなく、とても充実した内容の濃い作品に仕上がっている。

 前作「Argus」は、名実ともにウィッシュボーン・アッシュの代表作と言ってよいだろう。物語性の高い作品コンセプト、全体を通して感じられる独特の哀感と叙情性、透明感溢れる演奏の魅力など、「Argus」は1970年代ロック・ミュージックの名作のひとつとして名高い。その次作がこの「Wishbone Four」だ。ファンの期待も大きなものだったし、バンドのプレッシャーも大きかったのではないかと思う。そうした中から発表された本作品は大仰なコンセプト性から潔く背を向け、シンプルなロック・ミュージックに立ち返ったとも言えるものだ。

 「Wishbone Four」は、一般には「Argus」の名声の陰に隠れて地味で目立たない作品であるかもしれない。しかし、収録された各楽曲それぞれの質はとても高く、その音楽としての魅力は決して「Argus」にも劣らない。「Argus」がロック史的に語られる傑作であることを認めつつも、ウィッシュボーン・アッシュというバンドとしての最高作が本作であると言い切るファンもいるほどだ。

節区切

 もちろん「Argus」までの三作でファンを魅了した彼らの音楽性は健在だ。哀感漂う叙情性、ツイン・リード・ギターに支えられたロック・ミュージックとしての醍醐味、透明感に溢れた雄大な印象といった彼らの音楽の魅力は、この作品でもまったく衰えてはいない。それらの魅力はこの作品の収録曲のそれぞれに、より凝縮され、さらに充実したものになっているようにさえ思える。

 冒頭の「So Many Things To Say」は少しハードな感触のロックン・ロールだ。「Argus」のようなドラマティックな導入部を期待していた者には少々意外であるかもしれない。シャウト気味のヴォーカルは彼らの音楽に似合わない気もするが、「勢い」を感じさせて、アルバム全体の印象を引き締める一曲であろう。「Ballad Of The Beacon」は彼らの作品中でも屈指の名曲だ。哀感に満ちたメロディも魅力的だが、ここで聞かれるギター・サウンドこそは彼らの真骨頂ともいうべきものだ。クリアでのびやかなギターの奏でるメロディとその響きが楽曲のイメージと呼応してさらに哀愁漂う叙情性を醸し出している。

 「No Easy Road」は軽快なロックン・ロールだ。ピアノやホーン・セクションを加えての演奏はアメリカン・ロック的な感触もあり、後の彼らの音楽性の変化を示唆するものと言えるかもしれない。「Everybody Needs A Friend」は再びリリカルな哀感が魅力的な楽曲だ。長い楽曲だが、静けさの中に響き渡るようなギター・サウンドが美しく、まさにギターが「歌う」という形容が相応しい。

 「Doctor」は彼ららしい疾走感を伴ったロック・ミュージックだ。アメリカン・ミュージック的なロックン・ロールとも「ハード・ロック」とも異なった、ハードでありながら透明感に溢れた演奏は彼らならではのものだ。軽快なベースの演奏も素晴らしい。ウィッシュボーン・アッシュ的なロック・ミュージックを存分に味わえる一曲だと言えるだろう。「Sorrel」ではまたイメージが一転、リリカルな演奏が展開される。静けさの中に激情を秘めたような感触のギター演奏が素晴らしい。

 「Sing Out The Song」はとても繊細なイメージの楽曲だ。メロディも美しく、アコースティック・ギターの響きも印象的で、儚い夢のような感触をもたらしてくれる。決して短い楽曲ではないのだが、とても良く作られた小品という感触の楽曲だ。ウィッシュボーン・アッシュの「静」の部分を象徴する楽曲だと言えるかもしれない。「Rock'n Roll Widow」は彼らの代表曲のひとつと言っても差し支えないだろう。すべての楽曲の作詞をマーティン・ターナーが担当する中で唯一スティーブ・アプトンが作詞したこの曲は、テキサスのコンサート会場で起きた銃撃事件を題材にしたものという。ゆったりとうねるようなリズムに乗った雄大なスケール感が印象的だ。少しばかり悲壮感の漂う印象は楽曲のテーマをよく表現している。名曲である。

節区切

 「Wishbone Four」を発表した当時のウィッシュボーン・アッシュは、バンドとしては最も充実した時期だったのではないだろうか。「若さ」を感じる初期の作品に比して、この作品の演奏からは彼らの成熟ぶりを感じることができる。アルバム全体をひとつにまとめ上げるコンセプトは希薄で、楽曲によってさまざまな表情を見せてはいるが、いずれもウィッシュボーン・アッシュの音楽そのものであることは間違いなく、当時の彼らの音楽の魅力がここには存分に詰まっている。楽曲単位での魅力に限って言えば、このアルバムは「Argus」にも劣るわけではない。

 ウィッシュボーン・アッシュはアンディ・パウエルとテッド・ターナーというふたりのギタリストによる「ツイン・リード」が特徴的なバンドだったが、この作品の後にテッド・ターナーが脱退、ライヴ・アルバムを挟んで発表されたスタジオ録音としての次作「There's The Rub」ではローリー・ワイズフィールドを迎えた編成で制作されることになった。ローリーの参加の影響もあってか、一般には「There's The Rub」からその音楽性がアメリカ的なものに変化していったように語られることが多いが、すでに「Wishbone Four」の時点で彼らのアメリカン・サウンドへの指向は明らかだ。彼らの音楽性の変化については賛否両論があるが、「Wishbone Four」で見られるイギリス的なサウンドとアメリカ的なサウンドとの同居はアルバム全体の印象に幅を持たせ、ヴァラエティ豊かな音楽性で彼らの世界を広げているように思える。

 「Argus」と「Live Dates」との間で、ややもすると忘れられがちな作品ではあるが、このアルバムを好むファンは多く、まさに「隠れた名盤」の形容が相応しいものであるだろう。「Ballad Of The Beacon」や「Rock'n Roll Widow」といった名曲を含む点でも、彼らの経歴の中で決して無視できない作品であると言えるだろう。