横浜市中区山手町
桜咲く山手本通り
Visited in March 2018
外国人墓地や山手資料館などが並ぶ
山手本通りは横浜の代表的な観光名所のひとつだ。季節を問わず多くの観光客で賑わうところだが、春は桜が美しく咲き誇り、花見に訪れるにもお勧めのところだと言っていい。桜が見頃を迎えた三月末、JR石川町駅から坂を上って
山手イタリア山庭園へ向かい、そこからのんびりと山手本通りを辿って桜の咲く風景を探してみたい。
春の
山手本通り散歩、まずはJR根岸線の石川町駅から大丸谷坂を上って
山手イタリア山庭園へ向かおう。
山手イタリア山庭園には桜はほとんどないのだが、
ブラフ18番館の横に建物に寄りそうように
一本の桜が立っている。その姿がなかなかいい。真っ白な花弁が日差しを浴びて輝く姿も美しく、西洋館との取り合わせが風趣に富んだ景観を見せる。こちらから見たり、あちらから眺めたり、見る場所を変えれば桜と西洋館とが織り成す景観も表情を変えて、ついつい何度もカメラを向けてしまう。美しい景観である。
外交官の家前の庭園では花壇に春の花々が植えられ、ただでさえ美しい景観に春の色彩を与えてさらに美しさを引き立てている。今回訪れたとき(2018年)には早々とルピナスが咲いていた。
庭園の中から花壇の花越しに外交官の家を見る景観は素晴らしく、まさに山手イタリア山庭園を象徴するものだと言っていい。外交官の家の下から庭園を見下ろせば、その向こうに横浜の町並みが広がり、ランドマークタワーなどのみなとみらいのビル群の姿も見えている。その景観も素晴らしいものだ。春の青空の下、輝くような景色である。
山手イタリア山庭園から南へ100mほどで
山手本通りに出る。山手本通りを東へ、すなわち
港の見える丘公園方面へと辿ってゆく。100mほど歩くと「三育幼稚園前」交差点だ。
交差点を南へ降りてゆくと、坂道の東側に三育幼稚園が建っているのだが、その付近の坂道脇に大きな桜が並んでいる。三育幼稚園の敷地内に一本、その反対側の人家の敷地内に一本、そこから少し坂を上ったところにまた一本、それらの桜が大きく枝を張って坂道を覆うように咲き誇る。三育幼稚園前から見上げると、春の青空を背景に日差しを浴びる桜が見事な春景色を見せる。その美しさに思わず見とれてしまう。気の向くままに歩きながら予期せずこうした美しい景色に出会うのも散策の醍醐味だ。
三育幼稚園の下から東へ抜ける細道がある。その道を200mほど辿ると、
山手本通りから
山手公園へ至る道の途中に抜け出ることができる。抜け出た先を右に折れればすぐに山手公園だ。
山手公園は桜の名所だ。いや、桜は見事なものでありながら花見客でごった返すということはないから、“隠れた名所”という形容が相応しいかもしれない。山手公園は日本で初めて造られた西洋風公園であり(利用者は山手に暮らす欧米人に限られた)、日本に於けるテニス発祥の地でもあるにも関わらず、山手本通りから離れているからだろうか、観光客の姿が少ない。桜の季節にも花見客の姿は少なく、広場ではのんびりと地元の人たちが花見を楽しむ姿がある。それだけに喧噪を嫌ってのんびりと桜を楽しみたい人にはお勧めだと言える。
山手公園の桜は見事なものだ。老木らしい桜が大きく枝を張って園内を覆うように咲き誇る。園内中央部を抜ける園路はまさに桜のトンネル、今はテニスクラブのクラブハウスとして使われる旧山手68番館と桜の取り合わせも素敵な景観だ。奥の広場脇に咲くオオシマザクラもソメイヨシノとは違った風趣を漂わせて印象的な景観を見せる。山手の花見散歩の途中に立ち寄ってもいいが、お弁当を持ってここを目指して訪れてもいい。のんびりと静かなお花見のひとときが過ごせる。
山手公園から
山手本通りへと戻ろう。山手本通りとの交差点は「山手公園北側入口」、の東側にはカトリック山手教会が建っている。カトリック山手教会の駐車場脇にも桜が咲いており、山手本通りの歩道からもその美しい景観を見ることができる。
山手本通りを挟んだ反対側は「中央大学横浜山手中学校・高等学校」だ。かつては「横浜山手女子高校・中学」だった学校だが、2010年に学校法人横浜山手女子学園が学校法人中央大学と法人合併し、中央大学の付属校となった。この横浜山手中学校・高等学校の敷地内、山手本通りに面して桜が並んでいる。この桜並木が見事な景観だ。並木の下を歩くのもいいが、やはり南側の歩道から眺めた方が景観をより楽しめるだろう。
「山手公園北側入口」交差点から100mほど、横浜司教館別館とスチュワートプラザとの間に、南へ下ってゆく坂道がある。道は行き止まりなのだが、その途中に見事な桜がある。「横浜市地域緑のまちづくり事業」の「景観木認定」と記されたプレートが取り付けられている。名実ともに“名木”であるようだ。桜の真下に立って見上げるのも美しいし、少し離れて眺めてみるのもいい。春の日差しを浴びて咲き誇る姿はたいへんに美しい。背景にスチュワートプラザの建物を入れて写真を撮ってみるのも楽しい。
山手本通りの花見散歩の際にはぜひ立ち寄って見ておきたい桜だ。
スチュワートプラザの前を通り過ぎればすぐに「汐汲坂」交差点だ。交差点から北へ汐汲坂が降りている。その両脇、西側のフェリス女学院中学校・高等学校の敷地内や反対側の人家の敷地内に桜があって、南側の歩道から見るとなかなか素敵な景観だ。この人家の敷地内に立つ桜もまた「横浜市地域緑のまちづくり事業」の「景観木認定」のソメイヨシノだ。自宅内の樹木がこうした認定をなされるといろいろとご苦労もあるのではないかと思うが、ぜひ長く残して欲しいと思う。見事な桜である。
汐汲坂の東側に住宅地の中に辿ってゆく別の道がある。この道は350mほどで
代官坂の途中に抜け出る(代官坂に出るところは階段になっているために車両の通り抜けはできない)のだが、その途中に
元町百段公園という公園が設けられている。小さな公園だが、北側に視界が開けて爽快な眺望を楽しめる公園だ。
この元町百段公園に、見事な桜がある。一本の樹木にも見えるが、一つの根方から数本の太い幹が育っており、数本の桜が一箇所に育ったものかもしれない。桜は展望所となった園内のテラスの横手に立っており、園内の広場から眺めれば桜の向こうに横浜の町並みが広がる。角度によっては桜とランドマークタワーとが一緒に視界に収まる。なかなか素敵な風景である。
元町百段公園から100mと少しで
代官坂だ。代官坂を東側へ脇道に逸れて進んでゆけば
元町公園だ。
元町公園は桜の名所として広く知られている。公園北側(元町側)の「ウォーターガーデン」周辺から南側の
山手本通り沿いまで、園内の広い範囲に桜が咲き誇り、その景観は圧巻と言っていい。どちらかと言えば「ウォーターガーデン」周辺には花見を楽しむ地元の家族連れなどが多く、山手本通り沿いには花見散歩を楽しむ観光客の姿が多いように思える。
桜の咲く元町公園はじっくりと時間をかけて巡りたい。のんびりと穏やかな印象の「ウォーターガーデン」周辺でお弁当を広げてランチタイムを過ごすのもお勧めだ。桜に覆われた園内の坂道も景観を楽しみながら登りたい。山手80番館遺跡が桜に彩られる景観も風趣に富んでいて見逃せない。多くの観光客で賑わう山手本通り沿いも楽しい。元町公園の敷地内、山手本通りの歩道脇には有名な“レトロ電話ボックス”が建っている。明治期のものを復刻再現したもので、そのレトロな意匠が常に観光客の注目を集めている。その“レトロ電話ボックス”と桜とが織り成す風景も素敵だ。じっくりと園内を巡ればさまざまに美しい桜の風景に出会う。元町公園ならではの春の風情を楽しもう。
元町公園からまた
山手本通りを辿ろう。元町公園から貝殻坂を挟んで外国人墓地が隣接している。外国人墓地の中にも桜が咲き、山手本通りから見ればその向こうにランドマークタワーが見え隠れする。外国人墓地と桜、その向こうに見えるランドマークタワー、春の横浜山手を象徴する景観のひとつと言っていい。
外国人墓地は通常は縁故者の墓参以外には非公開だが、維持管理のための募金を行って入苑できる日も設けられている。機会に恵まれれば、入苑して見学してみるのもいいだろう。
外国人墓地の入口から150mほどで
港の見える丘公園だ。
港の見える丘公園でも見事な桜が楽しめる。
まず見ておきたいのが霧笛橋周辺の桜だ。霧笛橋と桜の取り合わせが素晴らしい景観を見せる。橋下の園路から桜と霧笛橋とが織り成す景観を楽しむのもいいし、橋の上から見下ろすように桜を眺めるのもいい。東を望めば、桜の向こうに横浜ベイブリッジを見ることもできる。これもなかなか“絵になる”風景だ。
山手111番館下のソメイヨシノは西洋庭園風の風景の中に風趣に富んだ姿を見せて見応え充分だ。上から見下ろしたり、下から見上げたり、見る場所によって表情を変えてそれぞれに美しい。
他にも「イングリッシュローズの庭」周辺など、園内の随所で桜を見ることができる。大佛次郎記念館前の沈床花壇など、随所に設けられた花壇では春の花々も楽しめる。のんびりと時間をかけて港の見える丘公園での花見散歩を楽しんでいこう。
港の見える丘公園での花見散歩を満喫したら谷戸坂を下りよう。谷戸坂は規模は小さいながらも桜並木になっている。数は少ないが、どれも老木らしい姿で素晴らしい景観を見せてくれる。坂を下りながら見るのも美しいが、坂の下から見上げるのもいい。緩やかに曲がりながら登ってゆく坂道を桜並木が縁取る様子が何とも良い風情だ。
今回の花見散歩は石川町駅から出発したが、元町・中華街駅から出発すればこの谷戸坂の桜並木がプロローグ的な役割を果たしてくれるだろう。
谷戸坂を下りきって西に折れて少し進めば
元町商店街の東側の入口だ。商店街の入口を示すウェルカムゲートの建つ交差点脇、堀川の河岸を辿る道路脇に一本のソメイヨシノが咲いている。このソメイヨシノは「シドモア桜」の愛称がある。「シドモア」とはアメリカ人女性紀行作家であるエリザ・R・シドモア(Eliza R. Scidmore)のことだ。
1912年(明治45年、大正元年)、友好親善のために東京からワシントンに三千本のソメイヨシノの苗木が贈られ、ポトマック河岸に植えられたが、その植樹にシドモアが大きく貢献したのだという。この桜は、ワシントンから“里帰り”した桜から接ぎ木して育てたものだそうで、傍らにそうしたエピソードを記したパネルが設置されている。訪れたときは目を通しておこう。シドモアは、今は山手の外国人墓地に眠っている。
「シドモア桜」の向こう側(西側)に鮮やかな濃いピンクの花を咲かせる桜が並んでいる。「ヨコハマヒザクラ(横浜緋桜)」だ。ヨコハマヒザクラはケンロクエンクマガイ(兼六園熊谷)とカンヒザクラ(寒緋桜)の交配種で、1985年(昭和60年)に農林水産省に品種登録された、比較的新しい品種の桜だ。
近年、横浜市内の公園などにヨコハマヒザクラを植栽する事例も増えている。その名に「ヨコハマ」を含む品種だからだろう。ここに並ぶヨコハマヒザクラはまだまだ若木で小さいが、その鮮やかな色彩が道行く人の目を奪う。幾人もの人たちが桜の前に立って記念写真を撮っていた。
堀川沿いのヨコハマヒザクラを堪能したところで、今回の花見散歩もそろそろ終わりにして、帰路を辿ることにしたい。
桜の咲く横浜山手の街は、どこを歩いてもおっとりと暖かな季節の風に包まれるような風情がある。
元町公園の桜の景観も素晴らしく、何気ない坂道の途中の道脇の桜にも良い趣がある。さらに時間をかけて歩けば、もっとさまざまな桜の風景に出会うこともできるが、時間と体力に見合ったコースを辿ればいい。異国情緒漂う横浜山手の街と日本的な桜の取り合わせが、何とも言えず良い雰囲気を醸し出しているように思える。桜の咲く横浜山手の街をこれといった目的地もなく、その空気を楽しむためだけに歩く。そのような形の「お花見」があっても良いような気がする。