八王子市の国道20号、甲州街道の追分交差点から高尾駅前にかけての約4kmの区間、イチョウ並木が続く。1929年(昭和4年)に大正天皇の御陵造営記念として植えられたものであるという。イチョウが黄金色に染まった11月半ば、このイチョウ並木を歩いてみた。
JR中央線の西八王子駅を北口に降りてほんの少し歩くと甲州街道だ。そこから東に数百メートル歩けば追分の交差点、イチョウ並木散歩はやはり追分の交差点から始めたい。追分交差点は甲州街道(国道20号)から陣馬街道(都道521号)が分岐する。甲州街道と陣馬街道の分岐だから「追分」だ。今はそこに甲州街道北側のバイパス、いわゆる「北大通り」が合流し、変則的な交差点を成している。この交差点を、地元では“追分の交差点”、あるいは“追分交差点”と呼び慣わしている。
追分交差点は主要道路が交差して交通量も多い。甲州街道と陣馬街道、北大通りには横断歩道は設けられておらず、歩道橋が車道を跨いでいる。まずはこの歩道橋の上からの眺めを見ておきたい。交差点西側、甲州街道に架けられた歩道橋に上がって西に視線を向ければ、真っ直ぐに延びてゆく甲州街道と、その沿道に並ぶイチョウ並木を一望できる。交差点近くのイチョウはまだしっかりとした黄葉に染まっていないようだ。例年、追分側と高尾側とでは黄葉のタイミングが違う。やはり高尾側が早く、追分側は遅れて黄葉に染まるのだ。
甲州街道を高尾方面へ辿る前に、歩道橋を陣馬街道に降りよう。交差点から陣馬街道を数十メートル西へ進んだところに「
八王子市千人同心屋敷跡記念碑」が建っている。「千人同心」とは江戸時代にこの付近に住んでいた半士半農の武士集団のことだ。そもそもは本能寺の変の後に甲斐を治めるようになった徳川家康が旧武田家の家臣を取り立てて国境の警護を任せたことに始まる。やがて豊臣秀吉の北条攻めによって八王子城が落城すると、家康は彼らを八王子(現在の元八王子)に移し、城下の警備を任せた。やがて旧北条の家臣なども加えて500人となり、現在の千人町の辺りに屋敷地を与えられて移転、さらに1000人規模に増員され、いわゆる「八王子千人同心」が成立するのだ。そうした概略は記念碑脇に設けられた解説パネルにも記されている。ぜひ目を通しておこう。
追分交差点から甲州街道を西へ、高尾方面に向けて辿ってゆこう。追分交差点付近には色付きの遅いイチョウもあったが、西へ向かうにつれて鮮やかな黄金色に染まったイチョウが多くなる。例年の傾向として高尾寄りの方が追分近くより黄葉が早いが、面白いもので樹にも個体差があるらしく、場所によって黄葉の樹や緑のままの樹があったり、すでにほとんどの葉が散ってしまった樹もあったりもする。さまざまなイチョウの姿が混じって立ち並ぶ様子もなかなか興趣のあるものだ。
甲州街道は交通量も多く、のんびりと散策を楽しむのに適しているとは言い難いが、陽光を受けて輝くイチョウ並木の下を歩くのは楽しい。歩道が落ち葉に覆われている様子も風趣に富んでいる。黄葉のイチョウが弾いた光によって、辺りの空気が黄金に染まったような印象だ。見上げれば秋の青空を背景に黄葉のイチョウが鮮やかに浮かび上がる。南側の歩道を歩けば、道路越しに北側の歩道のイチョウ並木がよく見える。並木は陽光を浴びて輝き、美しく壮観な眺めだ。辿ってゆけばさまざまに美しい景観に出会う。その出会いを楽しみながらのんびりと歩こう。
中央図書館前交差点の歩道橋に上がれば、直線に延びる甲州街道に沿ったイチョウ並木が壮観な眺めを見せる。歩道橋の中央部に立って眺めれば、一点透視法的に視界の奥に収束してゆくイチョウ並木の景観が素晴らしい。順光を浴びて輝く景観も逆光を受けて浮かぶ上がる景観もそれぞれに素晴らしい。さらに追分交差点から2kmほどで並木町交差点、並木町交差点横にも歩道橋が設けられている。こちらの歩道橋からの眺めも見事なものだ。甲州街道のイチョウ並木を楽しむなら、歩道橋に上がってそこからの眺めを堪能するのが欠かせない。
追分交差点から3km近く辿ったところに、高尾警察署がある。高尾警察署の前で、甲州街道は微妙に(西に向かって)右手に曲がる。地図上で見ればわずかなカーヴなのだが、現地に立つとイチョウ並木の景観の印象に劇的な変化を与えているのがわかる。甲州街道南側の歩道、東側から高尾警察署前付近の景観を見ると、北側のイチョウ並木に南側のイチョウ並木が重なる。その景観がたいへんに美しい。追分から高尾駅前までほぼ直線で延びる甲州街道の、数少ないカーヴのひとつで、甲州街道のイチョウ並木の景観を楽しむ際にはお勧めのポイントのひとつだと言っていい。
高尾警察署前から300mほどで多摩御陵入口交差点だ。甲州街道から北へ、
武蔵陵墓地へ続く道路が延びている。武蔵陵墓地へ至る道路はケヤキ並木で、ケヤキもちょうど紅葉に染まっている。その道を100mほど辿ったところで、南浅川橋が南浅川を跨ぐ。南浅川橋は大正天皇陵造営に伴う参道整備に際、1927年(昭和2年)に架けられた。当初は木造の橋だったが、現在のものは1936年(昭和11年)に竣工したコンクリートラーメン橋台の橋で、美しいアーチを見せる。散策の際にはぜひ南浅川橋の姿を見ておこう。
南浅川橋の下流側右岸と上流側左岸に分かれて
陵南公園が設けられている。陵南公園のメイン部分は1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックで自転車競技場として用いられた場所を後に整備したものだ。南浅川橋の上から上流側を眺めると、陵南公園側の河岸に並ぶイチョウとサクラが陽光を浴びて美しい景観を見せる。南浅川の流れと河岸の紅葉とが織り成す景観が素晴らしい。陵南公園内にはモミジの木もあり、美しい晩秋の景色を楽しむことができる。甲州街道散策と併せて陵南公園内の散策も楽しむのがお勧めだ。
陵南公園の散策を楽しんだら、多摩御陵入口交差点に戻って再び甲州街道を辿ろう。多摩御陵入口交差点から800mほどで町田街道入口交差点、甲州街道に町田街道が交差する。町田街道入口交差点横にも歩道橋が設けられている。この歩道橋上からの景観もぜひ楽しんでおきたい。多摩御陵入口交差点から西へ、甲州街道は緩やかなカーヴを描いて南に曲がる。そのカーヴがイチョウ並木に美しい表情を与えている。この景観も甲州街道イチョウ並木の見どころのひとつと言っていい。イチョウ並木の向こう、西に見えるのは高尾山である。
町田街道入口交差点を過ぎれば400mほどで高尾駅前交差点、イチョウ並木はここで終わる。甲州街道のイチョウ並木のイチョウは763本(平成28年現在、八王子市公式サイトによる)。昔のガイドブックなどにはもっと多い数が記載されているものもある。諸事情で伐採されるなどして数が減ったのかもしれない。
高尾駅前交差点から南へ曲がればすぐにJR中央線の高尾駅だ。高尾駅はそもそもは1901年(明治34年)に官設鉄道の浅川駅として開業した。高尾駅に改称されたのは1961年(昭和36年)のことだ。言うまでもなく、高尾山の「高尾」を冠した駅名である。寺社建築を思わせる意匠の駅舎が特徴的で、1997年(平成9年)には「関東の駅百選」のひとつにも選ばれている。3・4番線ホームの東寄り(八王子方向)に高尾山の伝説に因んで巨大な天狗の石像が設置されているのもよく知られている。黄葉に染まったイチョウ並木を楽しむ甲州街道散歩、高尾駅から帰路を辿ることにしよう。
西八王子駅から高尾駅までのんびりと歩いて2〜3時間といったところか。
陵南公園や
武蔵陵墓地まで足を伸ばしたり、気ままに寄り道をしての秋の日の散策が楽しいだろう。甲州街道沿いはレストランなども多く、食事や休憩には困らないが、お弁当を持参して
陵南公園の芝生に日だまりを見つけてお昼ご飯というのも楽しい。賑やかさの好きな人なら
「いちょう祭り」に合わせて訪れるのもいい。甲州街道でのパレードや陵南公園での各種イベントなど、八王子の秋の催しとして賑わうものだ。