東京都府中市の北東部に浅間山公園という都立公園がある。木々の茂る小高い丘を公園としたもので、8.8haほどの面積のほぼすべてを樹林地が占めている。太平洋戦争中は陸軍の燃料廠として使われていたが、戦後に地元に払い下げられ、1970年(昭和45年)から都立公園として開放されている。
園内はさまざまな樹木が茂って古い時代の面影を色濃く残し、浅間山という名が示すように浅間神社の祀られた丘もある。園内にはムサシノキスゲという希少植物が自生し、花のシーズンには大勢の人たちがその景観を求めて訪れる。四季折々に美しい景観を見せてくれる公園である。
浅間山公園の周辺は基本的に住宅地で、北東側には多磨霊園が横たわる。平地の広がる中に浅間山公園だけが小高い丘として木々を茂らせている。かつて台地の一部だったものが、古多摩川などの河川の浸食によって孤立丘として残ったものだという。地質的には多摩川対岸の多摩丘陵と同じなのだそうだ。
公園には前山、中山、堂山という三つの頂があり、それらを巡るように散策路が辿っている。樹林の中を縫うように延びる散策路は(舗装されている部分もあるが)基本的に未舗装の小径だ。木漏れ日を浴びながら歩けば、ちょっとした山歩き気分が味わえる。
浅間山公園の南端部の丘は前山と呼ばれるところだ。頂部分は標高72.8m、木々が取り払われて休憩スペースになっている。
この前山は人見四郎の墓跡だと伝えられているとのことで、府中市教育委員会による碑が建てられている。人見四郎は鎌倉時代の武人で、この浅間山に居館を構えていたともいうが、はっきりとしたことはよくわかっていないらしい。
前山の頂から北へ尾根道が延びている。尾根道の北端部近く、西に視界が開けた場所がある。目をやればビルが建ち並ぶ市街地の向こうに、遠く富士山の頂上部分が見える。「関東の富士見百景」のひとつ、「都立浅間山公園からの富士」である。
五月の初め、富士はまだ雪を頂き、遠い山々の稜線は光に霞んでいる。設置された案内板によれば、富士の左手に見えるのは丹沢の山々、右手に見えるのは奥多摩の方角の山々らしい。
前山の北側、前山の尾根から小さな谷筋を挟んで中山がある。中山の裾部分には四阿も置かれ、この辺りが浅間山公園の中心部と言っていい。
中山はかつて台地の一部だったことを窺わせる地形で、丘の上は比較的平坦だ。のんびりと樹林散歩が楽しめる。
中山から東へと小径を辿ると堂山(浅間山)だ。頂上部分は標高79.6m、周辺とは30mほどの高低差があるという。その頂上部分に塚が築かれて小さな石の社が鎮座している。社は木花開耶姫を祀る浅間神社だ。古い時代から富士信仰の拠り所として祀られていたのだろう。
堂山には南南東の方角から男坂、西側(中山の方)から女坂が登っている。女坂は樹林の中を上る緩やかな坂道だが、男坂は急坂を登る石段だ。男坂の下には鳥居もあり、こちらが表参道だろう。丘裾の小径を辿っていったん堂山の南側へと回り、男坂を登って浅間神社に参拝しておきたい。
中山の北側、斜面の裾部分を辿る園路脇に「おみたらし神社」が鎮座している。鳥居があり、その奥に小さな石の社が祀られている。彌都波能賣神(みずはのめのかみ)を祭神とした水神社だという。湧水を祀ったもののようだ。傍らに石碑があり、「「浅間神」このところより出現すと傳う」と刻まれている。浅間山のそもそもの信仰は、この湧水から始まったことを窺わせる。それだけ水の湧くところは大切なところだったのだ。
前山の南西側、丘の横手に草はらの広場が設けられている。浅間山公園の一部のようだが、浅間山公園とは別の小さな街区公園のような佇まいだ。天候に恵まれた休日、広場では子どもたちが遊んでいる。近隣に暮らす家族連れのための日常的な遊び場としての役割を担っているのだろう。
五月、浅間山公園にムサシノキスゲ(武蔵野黄菅)が咲き誇る。ムサシノキスゲはススキノキ科ワスレグサ属の多年草で、ゼンテイカ(禅庭花、いわゆるニッコウキスゲ)の低地型の変種だという。例年、四月下旬から五月中旬にかけて橙黄色の可憐な花を咲かせる。花の形はニッコウキスゲ(日光黄菅)よりノカンゾウ(野萱草)に似ている。素朴さと可憐さを感じさせつつ少しだけ艶やかさもある。美しい花である。浅間山公園は、このムサシノキスゲの日本で唯一の自生地である。
ムサシノキスゲの花は浅間山公園の随所で見ることができるが、前山から堂山にかけての北側斜面、堂山の女坂周辺などに特に多いようだ。林の中、濃くなりつつある緑の中に咲く姿はよく目立つ。木陰にひっそりと咲く様子も興趣に富み、木漏れ日に浮かび上がる姿などはひときわ鮮やかだ。園路のすぐ脇に咲くものもあるから、クローズアップの写真を狙うのも容易だ。ムサシノキスゲの咲く景観を楽しみながら、ゆっくりと園路を巡るのがお勧めだ。
昔ながらの雑木林の丘陵をそのままに残した浅間山公園は四季折々に楽しめる。身近で自然散策を楽しめる公園としてとても魅力的なところだ。初めて訪れるなら、やはりムサシノキスゲの咲く季節がお勧めだろうか。唯一の自生地で見るムサシノキスゲの姿はぜひ見ておきたい。花の好きな人には特にお勧めの、初夏の浅間山公園である。