日南海岸風景
細田
細田
日南市の南部、細田川という川が流れている。日南市南西部の山地を水源とし、東に流れ、やがて南郷川が合流して大堂津の町の南側で日向灘に注ぐ。細田川の流域は基本的に水田地帯で、ところどころに家々の集まる集落が点在する。この細田川流域に広がる地域を「細田」と呼ぶ。推測だが、川に沿って東西に延びる細長い平地部に田圃が開かれていたから「細田」と呼ばれるようになったのではないか。川の名は、その「細田」を流れる川だから「細田川」なのだろう。

「細田」は1955年(昭和30年)に日南市に編入されるまでは「南那珂郡細田町」という独立した自治体だった。細田町は細田川流域の農村地帯から、東は漁業の町である大堂津までを占めており、役場は萩之嶺と呼ばれる地区にあった(現在は日南市細田支所である)。現在では行政上の住所表示に「細田」の名はなく、川の名や学校の名などに残るのみだ。「南那珂郡細田町」が日南市の一部となってすでに久しいが、今でも旧細田町だった地域を通称する名として「細田」を使う場面は多い。
細田 細田
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細田は南北を山地に挟まれ、その間に細田川に沿って平地が東西に延びて横たわる。平地部分のほとんどは水田が占め、細田川の流域には長閑な風景が広がっている。ところどころに架かる橋も普段は通行する車もなく、のんびりとしたものだ。錆びて古びたガードレールも風景の中に溶け込んで良い風情を醸している。

この地域では3月下旬から4月上旬にかけて田植えを行い、7月末から8月初めにかけて稲刈りを行う。いわゆる”早期水稲”だが、これには台風による被害を最小限にするための目的もある。8月に入ると本格的な台風到来のシーズンを迎える。九州南部に位置する日南市では台風が強い勢力を保った状態で接近することが多いため、被害も大きい(例えば宮崎と東京では、台風の接近への備えや、まず“心構え”といったものがまるで違う)。台風のシーズンを迎える前に収穫を終えてしまおうというわけだ。

昔は大雨に見舞われると細田川が氾濫し、流域の水田に大きな被害をもたらしたものだ。細田川が氾濫すると流域の水田は一面が水に覆われ、まるで海のようになった。雨が上がって水が引く前の“海のような”田圃では、腰に魚篭を下げて鰻を獲る人の姿を見ることもあった。現在では細田川の護岸工事によって氾濫することはまずないと言っていい。ただ、その代償として昔ながらの川の風景が失われてしまったのは寂しいところだ。昔は夏になると川で泳ぐ子どもたちの姿が見られたものだ。小学校の体育の授業で、先生に引率されて皆で川まで行って水泳の授業が行われたりしたものだが、今はそうした風景も見ることができなくなってしまった。
細田 細田
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細田の中で、大堂津を含む海岸寄りの地域を「下方(しもかた)」と呼ぶが、この下方の西部、南那珂森林組合の近くに「細田古墳」という史跡がある。古墳のある場所は木々がこんもりと茂った小さな丘で、傍らに案内板が設置されていなければ古墳があるとはわからないに違いない。古墳はこの丘の上の岩盤を堀り込んで竪穴式石室として築造されたものらしいが、現在は基底部1〜2段の石材を残すのみという。その石室も今は藪に覆われていて見学することも難しい。設置されている案内板によれば、天保年間(1830〜1843年)に村人が開墾中に発見し、天井石を近くの橋に転用したという。副葬品も不明で、築造時期は正確にはわからないが、五世紀時代の古墳であろうという。
細田/細田古墳 細田/細田古墳
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「下方」地区の西側、すなわち細田川の上流側に「上方(かみかた)」という地区がある。この上方地区の、細田中学校近くの細田川右岸に上方神社という神社が建っている。1720年(享保5年)に創立された神社で、高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)、経津主神(ふつぬしのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、応神天皇といった神々を祀っている。御由緒書には元々村内にあった五社(天神、鎮大明神、八幡宮、北斗寺大権現、稲荷大明神)を1869年(明治2年)に現在地に遷座、合祀し、さらに1909年(明治42年)に木之下神社、霧島神社、磐貫神社の三社を合祀したと記されている。木々に包まれて建つ社殿は規模の大きなものではないが、いかにも農村の鎮守らしい素朴さが感じられて郷愁を誘われる。
細田/上方神社
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細田地区にはこれといって観光名所のようなものはない。宮崎に観光に訪れる人たちのほとんどは「油津」や「飫肥」といった地名は知っていても「細田」という地名は知らないに違いない。確かに積極的に「観光」をお勧めできるようなところとは言えないが、しかし山間に横たわる水田地帯の長閑な風景は、それ自体が街に暮らす人にはなかなか魅力的なものなのではないだろうか。
細田
INFORMATION
細田
【所】日南市
【問】日南市観光協会
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ページ内の写真は2006年夏、2007年夏、2010年夏に撮影したものです。本文は2011年2月に改稿しました。